第602話

 結局みんなも何か飲む流れになったので私がご用意することにした。リコットとカンナは私と同じ赤ワイン。ナディアは甘いカクテルで、子供達はフレーバーティー。

「カンナ、教えてくれてありがとう。また聞くかも」

「はい、いつでも」

 一旦は魔法講座も終わりらしい。可愛かったのに。でもみんなも、誕生日に講義をさせることはちょっと申し訳なかったのかもな。

 飲み物が揃ったら、私以外の子らも各々、カンナにプレゼントを渡し始める。ルーイの大きな箱の中身は、帽子だった。丸みのあるベージュのボーラーハット。可愛い。なるほど、それは箱に入れると大きくなるね。

「本当にありがとうございます。……みなさまのお誕生日も教えて下さい」

 恐縮しながらもそう続けるカンナが愛らしくて、みんなで笑う。教えてもらった誕生日を一つずつメモに書いている様も、彼女らしくて可愛いね。

「そういえば、カンナはお酒、大丈夫なんだね?」

「いやー私もびっくりしたけど、カンナ、多分リコット並みかそれ以上に飲めるよ」

「えっ」

 驚きの声を上げたのはナディアだった。ナディアも弱くはないものの、リコットほど飲めない。そういう差もあり、リコットをかなり強いと思っているからだろう。いや、私から見てもリコットは強い子だと思うよ。

「昨日も結局、酔ってなかったよね?」

「……そうですね、量を多く飲んでしまったとは感じましたが、酔うというほどでは」

 なら本当にリコットより強いね。あれだけ飲むとリコットはとうに饒舌な可愛い状態になっているはず。

「酔ったことはあるのー?」

 リコットが聞くと、カンナは少し迷ってから頷いて、そして困った様子で頬に手を当てた。その仕草、初めて見たかも。

「此処だけの話ですが……」

 その入りはわくわくしちゃうじゃないですか。私も含めみんなが目を輝かせる。

 でもカンナはすぐに失敗談を語るのではなく、まずは他の子らにも『十八歳頃からお酒を慣らす貴族の風習』を説明した。前提としてね。

「それに則って、十八歳を迎えた数日後。父と二人でワインを飲んだのですが」

 存外、お父さんとは仲が良いのかな。二年も会ってなかったエピソードが衝撃過ぎて仲の良い印象は無かったんだけど、二人で晩酌するんだねぇ。一瞬気が逸れたところで、直後が話のオチだった。

「……四杯目から、全く記憶がございません。次に気付いた時には翌朝で、自室のベッドでした」

「ははは!」

 カンナが記憶無くすほど飲んだってのは面白すぎる。本人が「此処だけの話」と言うほど恥ずかしいのも納得だ。女の子達も堪らない様子で笑っている。

「ふふ、それで、どんな風に酔ったか、お父さん言ってた?」

 掘り下げてみると更にカンナは言い難そうにするけれど、ゆっくりと頷く。

「父は、私が酔っていることに最初、気付かなかったそうです」

 つまり家族ですら気付かないくらい、顔や態度に一切出ていなかったんだな。記憶まで失くしているのに珍しい。

「ただ、『初めてにしては飲ませ過ぎたか』と思って父が止めようとした時、急に言うことを聞かなくなったと……」

「ふふふ」

 たまらん。見たい。女の子の酔う姿が見たいとこんなにも願ったことは今までに無かったかもしれない。

「カンナも駄々こねるんだね~」

「どんな風になったの?」

「その時は『嫌です』『問題ありません』『まだ残っています』というような発言を繰り返したとか……家族の間でもしばらく突かれてしまいました」

 本人はとても恥ずかしそうに眉を下げているんだけど、私達は真っ当に息も出来ないくらい笑ってしまった。

「か、可愛すぎる……」

「カンナには悪いけど、……見たいわね」

 私だけじゃなくナディアまで肩を震わせながら意地悪を言うのだから。カンナが項垂れて「ご容赦ください」と小さく言った。

 普段は品行方正なカンナだからね。もしも貴族らの集まるパーティーでそんなことになってしまったとしたら、居た堪れなかっただろうね。本当に、十八歳から慣らすという風習があって幸いなことだ。

「結局それは克服したの?」

「はい。あれ以来はゆっくり飲むようにしまして、今は酔う前の感覚も分かるようになりました。もう同じことは起こりませんし、ワイン四杯程度では酔うこともございません」

 初めての時はきっと、早いペースで入ってくるアルコールにまだ不慣れな身体が対応できなかったんだねぇ。

「私は割とすぐ酔うけど、記憶を失くすことは無かったなー」

 徐にリコットが呟く。まあ、リコットも強い子だから『すぐ』ではないけど。でも確かに酔っている姿はよく見せてくれている。

「酔いが自覚できる形で現れる分、自分でセーブできるからかもね」

「あー」

 飲んでいる時に視界が回るとか頭がぼーっとするとか、自分でも『酔った』と自覚できる症状がはっきりしていると「この辺にしておこうかな」と思う切っ掛けになる。本人にもセーブしたい意識があればなおのことだ。しかし「まだ大丈夫! 全然酔ってない!」と言っている人に限って、どんどん危ない状態になるのを今までに多く見てきた。

 それに、カンナのように顔色もあまり変わらない人だと周りも気付き難くて、自分で気付いて制御しない限り止めようも無いのがネックだね。

「具合が悪くなったことは無いのかな?」

「それはございません」

 結局、記憶が無くなった時も特に不調は無く、翌日から平常通りだったそうだ。

 それならもう私達の傍では自由に飲んでもらって大丈夫かな。そんな共通認識で、私達は軽く視線を合わせていた。

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