第598話

 なお、カンナもこのようなゲームは初めて見たと言う。

「テーブルゲームとなると、多くがもっと小さく、ルールが複雑なものばかりで」

 子供向けテーブルゲームがあんまり無いのかな。貴族の嗜みだという見栄も感じられる。

 まあ私も、小難しいテーブルゲームは結構好きだよ。だけど此処には子供も居るし、ルールを今から覚えてやるとなると、折角の楽しい会なのに疲れちゃうだろうからさ。それに。

「頭を使うゲームだと私が勝っちゃうからね。運だけのゲームが一番いいよ」

「地味に腹が立つわね、その自信」

「えぇ……」

 だって私、賢いもん! この言い方は少しも賢くなさそうだが。さておきこの話を引き延ばしてもみんながどんどん渋い顔または苦笑になると察したので話を変えよう。

「トランプも作ったんだけど。こういうカードゲームは、この世界には?」

「あー、トランプはあるよ。……内容は、うーん、ちょっと違うね」

 私が出したトランプの束を確認して、リコットが最初にそう言った。みんなも覗き込むように彼女の手にあるトランプを見つめ、何処か不思議そうな顔をしている。

「我が国で言う『トランプ』は、数が十五まで、マークの種類は同じく四つですが、形が異なります。世界が……いえ、国が違えばこの辺りは異なってくるのでしょうね。興味深いです」

 カンナは簡単に、この世界の四種のマークを教えてくれた。星と、月と、太陽と、大地を意味するマークらしい。ほうほう。そういえば私の世界のトランプも、赤色をしているダイヤとハートは『昼』を表していて、黒色のクローバーとスペードが『夜』を意味するって小耳に挟んだ覚えがあるなぁ。微妙に似ている気もするが、こじ付けかもしれない。

「あれ? これ見たことがある……あ、前にアキラちゃんが教えてくれたマークだよね?」

「おっ、よく覚えてるね、ラタ。そうだよ」

 クローバーとスペードを見付けたラターシャがそう言った。そうそう。タグの実験に付き合ってもらった時、彼女の知らないマークということでこれを使ったんだよね。私の世界のトランプのマークだったのだと改めて知って、楽しそうにしていた。可愛い。

「ねえアキラちゃん。つかぬことをお伺いしても?」

「え、うん、なに」

 急にリコットが、妙に改まって問い掛けてくる。表情もいつになく真剣だ。

「この絵ってアキラちゃんが描いたの?」

「そりゃまあ、うん」

「……クソッ」

「なんで!?」

 いつも私に甘くて優しいリコットに嫌悪を向けられるのは相当ショックなんだけど!!

 なお、リコットが指した『絵』は、キング、クイーン、ジャック、ジョーカーの絵柄のことだった。それの何が悪かったと言うんだ。

「やめなさいリコット、薄々分かっていたことでしょう」

「そうだけどさぁ」

 だから何ですか。チクチクする空気だけがあって何の話か分からないのがとても辛い。組んでいた足を下ろして揃える。ちょっとだけ身体を小さくした。そんな私の情けない様子を見ていたラターシャは、楽しそうにくすくすと笑う。

「アキラちゃんって本当、何でも出来るんだね。上手な絵」

「あ、えー? そういうこと?」

 この絵は、上手とかそういうのとは違うんだけど。覚えているままを書き写したようなものなので。記憶力の賜物である。

 そしてナディアが言った「薄々分かっていた」は、偶に私が描く絵――服や魔道具のデザイン画、あとは家のイメージ図などから、ある程度は絵も描けることを察していた、ということらしい。

「何か欠点を見付けようよ」

「うーん、軟派」

「説明不足」

「よく心配を掛ける」

「突然の悪口やめて?」

 どうしてそんなに流れるように出てくるのかな? 今誰も一秒以上悩まなかったよね? あ、勿論カンナは除く。彼女はじっと静かに会話の成り行きを見守っている。しかしそろそろカンナもこういう会話の流れは聞き馴染んでしまっていて、驚いている顔ではない。それはそれで悲しい。

「アキラちゃん、苦手分野とかないの?」

「え、あるよ。あー、裁縫とか」

 私はそんなにも完璧な人間ではない。出来ないことはいっぱいある。だからすぐに思い付いた内の一つ、しかも既にみんなが知っていることを挙げたのに。一拍の沈黙の後、ナディアとリコットは結局その険しい表情を緩めてはくれなかった。

「どうせ出来ないわけじゃないんでしょう」

「絶対そう。やろうと思えば出来る」

「えぇ……」

 いやまあ、実際、授業で裁縫をした時にそこまで困った覚えはないけど。でもやっぱりまともにやったことが無いから、出来るとも出来ないとも言えない。つまりこの分野でナディア達の予想を覆せる根拠も無かったので別のものを出した方が良さそうだ。

「あー、でも、何ていうか……そうだな、創作の才能が無いよ」

「創作?」

 こっちは本当に出来ない。学校の授業などでも度々課せられてきた為、自分の苦手分野であることはよくよく知っていた。

「ゼロから何かを作り出すようなこと。物語を作るとか。あと服も。既存のものをアレンジするならまだ何とかなるけどさ」

 カンナの仕事服だって、王宮侍女様の制服は既に見ていたし、あとはファッション誌を幾つも確認して良いとこ取りをする形で仕上げただけだ。

 料理もそう。完全にオリジナルの料理って無いかも。炒め物くらいは、そりゃ、適当に作るけど。それでも何処かで聞いたことあるようなものを記憶から引っ張り出して手を加える程度で、自ら創り出したと思うものは何も無かった。

「アレンジが出来てるなら、色々と十分な気もするけど……うーん」

 正直に告白したのに、何だかみんな渋い顔をしている。この『苦手』もお気に召さないのだろうか。まだ何か必要か。慌てて思考を巡らせた。

「えーと、あとは、みんなに『変なところ足りてない』って言われてるよ?」

「まあ、うん……」

「それはそう」

 普通に同意されて私は悲しいよ。でもこの言葉でようやく、難しい顔をしていたみんなの表情がふっと緩んだ。

「ま~いっか。確かに、超人ではあるけど手の掛かる子供みたいな人だし」

「一番お世話が大変なんだよね」

「本当に」

 くっ……どうして今日はこんなに悪口を言われるんだ……。

 でもみんなが楽しそうに笑い始めたから、私は口をへの字にするだけで不満を留めることにした。

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