第597話_思い出の献立
初めて見るらしい食べ物への好奇心か、全員揃ってまずフレンチトーストにナイフを入れている。一方で私は先にオニオンスープへと手を伸ばし、のんびり飲みながら彼女らを見守った。
「ん~~~!!」
女の子達からは言葉ではなく、鳴き声みたいなのがいっぱい響く。美味しく食べてくれているのは間違いなさそうだ。ニコニコした。
「これなに!?」
「私の世界ではフレンチトーストって呼ばれてるけど、この世界ではどうだろうね。カンナも知らないかな?」
話を振りながら彼女を見れば、既に二口目だか三口目だかを口に含んでいたらしく、少し慌てて咀嚼していた。ごめん、ゆっくり食べていいよ。手振りでそう示したが、カンナは紙ナプキンで口元を押さえながら飲み込んで、ちょっと恥ずかしそうな顔で答えてくれる。
「存じません。甘いパンで申しますとシュガートーストが朝食になることはありましたが、……これとは全く違うものですね」
ふむ。カンナでも知らないか。女の子達も知らないようだし、この国では広く食べられてはいないようだ。もしかしたら何処かにはあるかもしれないけどね。ハンバーグも無かったし、私にとっての『定番メニュー』が時々この世界では馴染みがなくて面白い。普通にこっちの食材でも作れるものだから、特に不思議な感じ。
そのままみんなにフレンチトーストの作り方を伝えると、手間の掛からない簡単なレシピにみんなが驚きの声を上げていた。なお、感激が落ち着いたらミモザサラダもスープもちゃんと食べてもらえました。良かった良かった。もう忘れ去られたかと思った。
「今日はね、私にとって特別な『家庭の味』を食べてほしいなって思ってるんだ」
フレンチトーストも、ミモザサラダも。稀に時間がある朝に母さんが作ってくれたものだった。私にとっては母の手料理として、一番印象深いものだ。
「豪勢な料理ってだけじゃ、カンナを満足させられる気がしなかったからさ。私にとって一番大事な料理を食べてもらおうと思ったんだ。これはね、私の母さんの得意料理」
カンナは目を丸めた後、瞳を揺らして、静かに目蓋を下ろした。
「……ありがとうございます。本当に、嬉しく思います」
「良かった」
女の子達も何とも言えない顔でテーブルを見ている。ありゃ。ちょっとしんみりしちゃったかな。早めに話を変えましょう。
「さてと、お代わりが欲しい子は居るかな? まだ焼けるよ~」
「えっ、えー、一切れ欲しい!」
ラターシャが最初に元気よく手を上げた。可愛い。それを皮切りにみんなもぽつぽつと手を上げて、結局全員もう一切れのお代わりです。よしよし、沢山食べてくれ。ちなみに私はあと二切れを食べる。改めて追加で焼き上げ、みんなでお腹いっぱいになるまで食べた。
そして今日は食後のお茶がお願いできないから、私がみんなにコーヒーでも淹れようか――と思ったんだけど、カンナが全員分のお茶を淹れると言い出しちゃって、みんなと一緒に目を丸める。
「君はお休みだよ?」
「私が、淹れたいのです」
うーん。そう言われちゃったら、ダメというのも変だよね。「ありがとう」と言えば、「はい」と嬉しそうな声が返った。働き者の君を甘やかすのはとても難しくて、それが愛しい。
「は~誰かの誕生日は私も幸せ……」
「ふふ、分かる」
カンナのお茶を堪能しながらリコットが言えば、隣のラターシャが笑いながら頷いた。今はみんなでソファに移動して、のんびりしています。
「今日はおめかししないの?」
「うーん、毎回だとちょっと芸が無いかと思って」
「そういう問題?」
ナディアのお誕生日会もお部屋でのパーティーをしたが、あの時は私の勝手な要望でみんなをお洒落に着飾った。ナディアは化粧までさせた。
同じことを繰り返すのはちょっと……という主催者としての拘りもありつつ、貴族令嬢のカンナを着飾っても、慣れているだろうし、そもそも王宮侍女や伯爵家侍女を上回る腕で美しく整える自信は流石に無い。向こうはプロだから。
「いつもみたいにこのまま団欒でもいいけど、良かったらスゴロクやんない?」
「スゴ……なに?」
私の言葉に全員が一斉に首を傾ける。ルーイだけ左側に傾けたんだけど、周りが右だったから慌てて右に揃えていた。どっちでもいいと思うし可愛いすぎるからやめて。
「こういう、あ、置く場所が無い」
スゴロクの説明をすべく紙をびろろ~んと広げたものの、テーブルがティーカップに埋まってて置けなかった。みんなが気を遣って空けてくれたのに礼を言いつつ、中央に置く。そんなに大きなものではない。ちょっと遊べたらいいなと思って作った、縦三十センチと横五十センチくらい、百マスのスゴロクだ。
「私の世界の遊びでね、サイコロを転がして、出た数だけコマを進めて行く。止まったマスに書いてあることをするって遊び。一番にゴールした人の勝ちだよ」
手本を見せるようにサイコロを転がし、四が出たので駒をとんとんと前に進めた。早速もう『一回休み』である。悲しみ。
「単純で分かりやすいね、私でも出来そう」
「私このピンクの駒が良い!」
子供達がすぐに乗り気になってくれて、駒の色を選んでいた。リコットも二人に応じるように駒に手を伸ばしているが、視線はマスの上を順に滑っている。
「……変なことを書いていないでしょうね」
おそらくリコットと同じ懸念を、隠しもせずにナディアが呟く。彼女はあまり目が良くないから、顰めっ面でマスを睨んでいるものの全ての文字は見えないのかもしれない。
「書いてないよ~。先にみんなで内容をチェックしよっか?」
一回休み、何マスか戻る、振り出しに戻る、前の人と位置を入れ替わる、後ろの人と入れ替わる。もう一回サイコロを振れる、何処かのマスに飛ぶなど。盤上に関する指示のみで、プレイヤー自身に何かをしろというものは一つも書かなかった。書いたら怒られるだろうことは容易に想像が付くからだ。
全てのマスの確認を終えるとようやくナディアも駒を選んでいたので、許しが出たようです。用意したのが無駄にならなくて良かった!
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