第596話

 今日のカンナは一応、休日にしてある。誕生日に侍女として働かせたくなかったからだ。しかしかなり強引に設定した誕生日会は強制参加のようなものだからな……うーん、一瞬、上司に『労い』というていで飲み会に連れられていく部下の構図が頭を過ぎった。カンナにとって今日という日がどうか辛い時間でありませんように。

「カンナは、手を繋ぐのって抵抗があるかな?」

 昨夜と違って腕を出さずに手を差し出してみる。カンナは少し迷った様子で視線を彷徨わせたものの、「いえ」と小さく言って私の手を取った。

「幼い頃には、姉達と手を繋いで歩きました」

「そっか。うん、そんな気持ちでいいからこのまま繋いでて。朝だからねぇ」

 腕を組むのに朝も昼も夜も無いんだけど、私がデレデレするので、そのみっともない顔が昼間は周りからよく見えてしまう。いや、手を繋ぐだけでもするけど。程度の差。この話を誰かにすればそもそも何もしなくていいだろって言われそう。それは言いっこなしだよ。

 しかしカンナの手も随分と小さいな。小柄だからだろうか。いつもこの手でテキパキお仕事してくれているんだと思うと感慨深い。そして可愛い。

 ほのぼのした気持ちでのんびりと早朝のジオレンを歩き、家に帰る。私達の部屋のカーテンが小さく揺れたのを、視界の端で見付けた。

「さて。お誕生日のカンナを、パーティー会場にご案内しようかな」

 部屋に入る前、静かな声で告げる。カンナは不思議そうに私を見上げた。そして私が繋がっていない方の手をドアノブに添えたら、「あ」と戸惑いの声を漏らす。主人の為に扉を開く役割が板についていて、動揺したようだ。

 でもすぐに私の意図に気付いたらしく、飲み込んでいる。

 笑みを深め、私は彼女をエスコートするように扉をゆっくりと開いた。彼女はどんな顔をすればいいのか迷った様子で目を瞬きながら、促されるまま先に中へと入っていく。直後、彼女に続いて私も急いで身体を滑り込ませ、扉を閉ざした。

 出迎えてくれていた他の女の子達が私の動きに満足そうに笑みを深めている。サポート役として、合格だったかな?

 カンナが私の動きを不思議に思ったのか、こちらに視線を向けようとした瞬間。彼女の頭上に、パッと沢山の紙吹雪が舞った。

「誕生日おめでとう、カンナ!」

 明るい女の子達の声が、綺麗にユニゾンした。まるで予行練習でもしたみたいに、紙吹雪のタイミングもばっちりだ。

「今回も盛大にやったなぁ」

 私の時も、これ、やってくれたんだよね。されると固まるの分かるよ。カンナが固まって、びっくりしている様子をやや後方から楽しく眺める。

 だけど数秒後、カンナの瞳がふわりと優しい色に染まって、目が細まった。彼女は、降ってくる紙きれを器用に幾つか、手の平で受け止める。

「……手作りして下さったのですね、このようなものまで、一つ一つ。ありがとうございます」

 カンナがそう言って指先で抓んだのは、星の形をした黄色の紙だった。淡々と同じ大きさで四角く切ってしまえばいいものを。多分、ちょっとした遊び心で違う形も入れたんだろう。まさかそれを器用に捕まえてしまうとは。

「あー、えー? 改めてそう言われると何か照れるね!?」

「ふふ」

 自分達でやったのに恥ずかしそうにアワアワしているリコットが可愛い。

「さて。お掃除はまたみんなでするとして。私は朝ごはんを作ろうかな。みんなは本日のお姫様のお相手を宜しくね」

 女の子達に大事な任務を言い渡した私は、カンナの傍に立っていたせいで一緒に被ってしまった紙吹雪を落としながら台所へと向かう。カンナは女の子達に促され、ソファの方に座っていた。

 キッチンに立った私は、昨日の内に用意してあったものと今やらなきゃいけないことを頭の中でしっかり段取りして、無駄のないようにテキパキと動く。モタモタしていたらまたラターシャがお腹を鳴らしてしまうからね!

 まあ、愛らしいからその音を聞きたい気持ちもあるんだけど。お腹が減るのは切なくなるでしょ。そもそも、飢餓で死にかけた子だから。二度とあんな思いをさせてはいけない。

 そんなことを頭の片隅で考えながら調理を進め、三十分ほど経った時。

「ねえ、ちょっと! すごいイイ匂いするんだけど!?」

「あははは」

 まだ作ってる最中なんだが、背後から抗議にも似た声が聞こえた。もうすぐ食べられるから、あとちょっと待ってねぇ。念じつつも口には出さず、手元に集中する。気を抜いて焦がしてしまったらいけない。

「はーい、できた。誰か、サラダとスープを運んでもらえる?」

「うん。わぁ! これ可愛い!」

「お花畑みたいだね」

 一番近い席に居たルーイとラターシャが真っ先に傍に来ると、サラダを見て盛り上がった。

 花畑は正解だねぇ。簡易なミモザサラダです。緑の野菜をベースに、カリカリベーコンを散りばめ、その上にゆで卵の白い部分、更に上に黄色い部分を細かく擦り潰して掛ける。確か、ミモザの花畑に見えるってのがこの名前の由来だったか。本場のミモザサラダは全然違うらしいが、まあ、私はこれくらいがシンプルで好き。その上にはお好みで、昨夜作っておいたドレッシングをお掛け下さい。容器だけをテーブルに置いた。

 スープはオニオンスープ。これも作り置きだけど、一晩置いておいた分、たまねぎがとろとろになっていい感じだ。私も早く食べたい。お腹が空いてきた。

 そしてそれらが並べ終わった頃に、本日の朝食のメインも盛り付け完了。手作りパンで作ったフレンチトーストだ。食パンじゃなくてバタールに近いようなしっかり目のパンで作っている。我が家ではこれが定番だったのでね。

 全員分を同時に出す為にコンロが大忙しだったが、無事に完成。二切れずつのフレンチトーストをお皿に乗せ、ホイップクリームを横に添えて、みんなの前に並べた。

「おっいしそ~! え、これ、甘い食べ物?」

「うん、甘いよー。甘い朝ごはんが苦手な子は居るかな?」

 今更だと怒られそうだなと思いながら聞いたが、みんなはフォークとナイフに半分手を伸ばした状態でそわそわしつつ首を振っていた。これ以上、余計なことを喋って先延ばしにしたら怒られそうだ。食べましょうか。私も手早くエプロンを脱いでテーブルに着いた。

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