第595話_味方
落ち込んだ様子でしょんぼりと頭を下げたカンナは、先程よりずっと弱くて小さい声を零した。
「申し訳ございません。ご家族と仰っていたのに、疑うようなことを……」
「ううん。怒ってないから、謝らなくていいんだよ。カンナはカンナなりに、私を想ってくれてのことでしょ?」
私の言葉にカンナが頷くことはなかったけれど、きっとそうだろうと思っている。私が家族と認め、同じ屋根の下で過ごし、同じ台所を使って、同じ寝室で眠る彼女達は。この世界の誰よりも、容易く私を害することが出来る。
私には守護石が無い。不意を突かれたら、普通の人間と同じように死ぬ。一息で殺してしまえば、回復魔法なんて意味は無い。
そういう意味では守護石を作ってもいいのかもしれないけど。何だかな。負けた気がするのでやりたくない。
何にせよ、冷静に傍から見ればナディア達は私にとって一番の脅威だろう。だけど、ナディア達が私を無為に傷付けるようなことは無い。私以上に私のことを考えてくれている、優しい子達だから。
それに、この優しいカンナにも。ナディア達を警戒させるようなことは、させたくなかった。
「あの子達は私とカンナの味方だからね。心配いらないよ」
「……はい」
柔らかく抱き締めて、慰めるようにその背を撫でる。カンナは腕の中でいつになく大人しい。普段も大人しいけど、抱き締めてすぐは身体を固めるのが常だったのにそれが無かった。少し弱くなっているようだ。
「じゃあもう他の子の話は終わりにしよう。そろそろ二人きりのベッドを楽しみたいからね」
「は」
言うなり、腕の中で緊張しちゃうんだから本当に可愛いな。カチッと硬くなったカンナを、堪らず強く抱き締め直す。
「カンナがいつも傍に居てくれて、こうしてデートも出来るんだから、本当に幸せ」
私の腕の中で、カンナは小さく動いた。頬に口付ける時に表情を盗み見たら、照れているのが半分と、もう半分は何て言ったらいいか分からない顔をしていた。
答えなくていいよ。応えなくてもいい。初めてカンナを抱いた夜から私の気持ちは変わっていない。私が触れるのを、ただこの子に受け入れてほしいだけ。それ以上を求めるつもりは無い。
手触りの良いネグリジェの感触を確かめるように撫でながら、ゆっくりカンナの身体を横たえた。
これまでカンナを抱く時間が長くなりがちなのは『滅多に会えないからだ』と言い訳をしていたが。いつも傍に居てもらっても結局あまり変わらない。いや、でも今回も『久しぶりだったから』と言い訳しておこう。次回以降は使えない言い訳です。
しかし、誕生日前夜に申し訳なかったかもしれないな。
抱いている最中に日が変わって、真っ先におめでとうを言えたことが私は幸せだったけど。カンナはすごく驚いていて、時計を探してきょろきょろしていた。可愛かった。でも戸惑わせてしまったかな。彼女にとってはこのベッドも仕事の一環だったかもしれないのにね。
そして何より。カンナを抱いて目覚める瞬間の幸せ。しかも今日はこのままお家に連れて帰れるんだよ。朝になったらお別れしなきゃいけないのが、いつも悲しかったもんなぁ。はー、最高。
愛らしい寝息を聞きながら幸せを堪能していると、不意にカンナが身じろいで、私の胸に額を擦り付けた。なんだこれ。可愛い。危うく叫んで起こしちゃうところだった。ぐっと腹筋に力を入れて声を出さないようにと我慢する。
まだ夢の中か、もしくは、寝惚けているのかな。刺激しないようにと緩く抱き締めて軽く髪に唇で触れる。でも数秒後、カンナがびくりと身体を震わせた。あー、起きちゃった。
「も、うしわけございません、寝惚けてしまいました」
「あはは。大歓迎だよ」
寝惚けたか~可愛いねぇ~。肌寒い季節だから、私の体温が心地良かったのかなぁ。
今度は容赦なくぎゅっと抱いて、頭頂部にやや激しく頬擦りした。ぐりぐり。カンナは腕の中で息を潜めるように大人しいものの、相当困っていることだけは分かった。ほどほどにしておこう。今日はこの子の誕生日だから。
「身体は平気? お酒、昨夜は沢山飲んだでしょ?」
「問題ありません」
良かった。この子は本当に様子が変わらないものだから、昨夜の内に回復魔法するのを忘れていた。緩く抱きながら、背中に手の平を当てる。
「あの……」
カンナが戸惑った声を出した。ああ、そうだ。この子は魔力感知が出来るんだった。私が魔力を使って身体を調べたことも察知してしまったらしい。
「ごめん、念の為、内臓疲労を確認してた」
さっきの返答にも『本当』は出たんだけどね、「大丈夫」の範囲って人それぞれだから気になったのだ。心配し過ぎたかな。やや不安に思ったが、カンナは肩の力を抜いて「そのようなことも可能なのですね」と感心した声を出している。何をされているのか分からなくて固まっただけか。怒っていないようで良かった。
「本当に大丈夫そうだね。安心した」
前髪を掻き分け、額にキスを落とす。少し照れ臭そうにしながら、カンナが私を見上げた。
「おはようございます……言いそびれておりました」
「ふふ。そうだね、おはよう」
愛おしさが湧き上がって、また小さな身体をぎゅっと抱き締める。
でもこんなことしてるとキリがないんだよな。全く離したくはないんだけど、うーん。時計を見上げる。
「名残り惜しいけど、帰ろうか?」
まだ眠いなら、ちょっとくらいのお寝坊は構わないと思うんだけどね。カンナの表情を確認し、目尻を撫でる。でもカンナの目はもう眠気を宿してはいなかった。「はい」と応える声も、しゃんとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます