第593話

 頼んだおつまみが全てテーブルに並び、私はほくほくと美味しい料理を口に運ぶ。うんうん、料理も美味しい。ワインが更に進みますね。

「ねえ、カンナ。好きな食べ物を教えて」

 唐突に問い掛ける。今ちょうど美味しいものを食べているからふと思って振った話題である。

「私の、ですか」

「うん。明日がお誕生日会で、今更だけどね」

 何故か問われることを予想外に感じているらしい彼女は何度も目を瞬く。それから、ちょっと視線を落とし、やや躊躇した後で可愛いことを言った

「アキラ様の好きな食べ物も、教えて下さいますか?」

「ふふ。うん、勿論」

 情報は交換だね。私の好物を教えるだけで、可愛いカンナの情報に相当する価値になってくれるかは分からないけれども。

 なんて、私がばかなことを口にせぬようにと飲み込んでいる内に。カンナはテーブルの上に視線を滑らせながら、一生懸命に自分の好きな食べ物を考えていた。

「ええと、鳥系の肉料理が好きです。こういう……」

「おおー」

 先程運ばれてきたばかりの私のおつまみを指した。ボイルされた鳥系の肉に濃いめのタレが絡められていて、更に二種類の香草を使ったスパイスが振りかけられている。

「あっさりの味付けでも?」

「はい。サラダなどにも鳥肉が乗っていると、いつもより嬉しくなります」

「なるほどねー」

 そして表現の仕方が可愛い。また鳥系の肉が広く好きなら色んな料理が作れるね。カンナの好きそうなご飯もこれから色々作って出してみようっと。ちなみにニワトリという生き物が居ないらしい為、『鶏』肉ではなかったりする。でも食用としてよく売られている鳥肉はどれも鶏肉に風味が似ていて、私個人としてはとても使いやすい。

「それから煮込み料理は基本、好きだと思います。柔らかくて、中まで味がしみ込んでいるような」

「いいねぇ、分かる。私も好きだなぁ」

 鳥系の肉と、煮込み料理ね。ふむふむ。私がレシピを頭の中で巡らせている間、カンナは更に好きなものを思い出そうと首を傾けていた。

「お菓子になると、色々とございますが……」

「甘いものは好き?」

 おやつの時間に私が作るスイーツはきちんと食べてくれているし美味しいって言ってくれるから、苦手でないのは分かっているけど。私の問いに「はい」と改めて頷く彼女から『本当』のタグが出て、嬉しくなった。

「良かった、うちの子らは私も含めみんな甘いものが好きだからねぇ、みんなで食べられるものが沢山あるのは良いよね」

 美味しいって気持ちは共有できると更に膨れ上がるもの――と私は思うので。全員で「美味しい!」と声を揃えられたら、大きな幸せになるのだ。私のね。

「また、昨年に王宮で流行っていた中で特に気に入っておりましたのは、ドライフルーツをお酒に漬けたものです。夜のお茶請けにしますと、ブランデーなどを紅茶に入れるのとはまた違う楽しみになります」

「おお~それは大人なお菓子だね。美味しそう」

 それでいくとカンナはラムレーズンとか好きそうだな。お菓子にもよく使われるんだけど、好き嫌いが分かれるから振舞うにはちょっと気を遣うものだ。だけどカンナは美味しく食べてくれそうだね。

 っていうかもう確定だわ。この子、かなりのお酒好きだわ。

「そっか~もっと早くにそれを知っていたら、明日はそういうのを使ったケーキでも良かったねぇ。いや、タルトがいいかな」

 思わず零した私の言葉にカンナが目をきらきらさせたので、今度、必ず作ってあげようと心に決めた。ただ、流石にしっかりお酒を利かせるものは子供達にはやめておこう。その時は子供用に別のおやつも作って……。スイーツのレシピを頭の中に思い描いた。

「その、次は、アキラ様の好きなものを教えて下さい」

「おや。もう終わり?」

 ちょっと残念な気持ちでそう返すと、カンナはやや申し訳なさそうに視線を落とした。

「……すぐに思い当たるものが、今は」

「あはは、そっか。まあ突然聞いたもんねぇ。じゃあ生活の中で、これ好きだなって思ったらまた教えてね」

「はい」

 こういうことは本来、長く共に過ごす中で少しずつ知っていくことでもある。情緒の無い近道をしてしまったかもしれないな。だからこれ以上は追々知っていくことにしよう。楽しみが残っていると思えば、何も悪いことではない。

「私はねぇ」

 お酒の話は今少し触れたから割愛する。

 しかしそれを抜きにしても私は食いしん坊だから、好きな食べ物の話をすると無限に喋れちゃうんだよね。何から話そうか。まずお酒と一緒に食べるのはフライドポテトやピザ、唐揚げ、あと味の濃いソーセージとかが好きだね。ボロニアとか。つまり割と定番のおつまみを好んでいる。

「甘いものだと本当、何でも好きだけど。一番好きなのはチョコレート。勉強とか仕事の合間によく取ってたのもあるかもな~」

 丁度いいんだよね。一口サイズで手軽に食べられて、勉強や仕事を止めなくて良いし。

 両親や兄さんも忙しい時の合間にひょいと食べていて、昔はただその真似をしたくて食べ始めたんだよな。懐かしい。私にもそんな愛らしい時期があったわけで。いや私は今も愛らしいと思うけど。……とかいう軽口はカンナ相手には止めておこう。真面目に肯定されそうだ。

 その後もしばらく好きな食べ物を際限なく挙げてみたんだが。話せど話せど終わりが見えない。「キリがないなぁ」と笑って一旦、区切ることにした。このままでは夜通し食べ物のことを語ってしまいそうだ。

「では逆に、苦手な食べ物はございますか?」

「うーん」

 これは随分と、難しい質問が来たなぁ。私は思わず渋い顔をしてワイングラスをテーブルに置き、腕を組んだ。ううん。目を閉じて記憶を全力で辿る。しかし、いくら頑張ってみてもこれと言った苦手な食べ物が見付からない。

「虫、とかは、流石に抵抗あるかも……?」

 必死に捻り出してみた。佃煮とか意外と美味しいと聞くが。食べてみたいと思ったことは一度も無い。別のものの佃煮でも良くないか? まあ出されたら食べるかもしれないけど……。私の回答にカンナはきょとんとして、それから、目尻を少し和らげた。

「それほど、アキラ様には苦手な食べ物が無いのですね」

「ふふ。うん、そうだね」

 幸せなことに私は生まれてからずっと上質なものばかりを食べさせてもらっていたから、そのせいもあると思うんだけどね。ただ、この判断はほとんど元の世界でのことだ。

「こっちの世界で何か苦手なものに出会う可能性もきっとあるよねぇ」

 日本では考えられないような食材・食べ方といつか出会うかもしれない。今は私の発想の範囲外にあるだろうから、全てを美味しく頂けるとは流石に断言できなさそうだ。

「その時は、また教えて下さい」

「そうするよ」

 侍女に好き嫌いを知っておいてもらうのは大事だからね。出会ってしまったら、誰より先に共有しますと宣言しておいた。するとカンナは何処か嬉しそうに、目を細めて頷いていた。

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