第591話

 私はカンナを連れ、普段より敷居の高い店に向かった。ぎりぎりドレスコードが無いところ。でも入店料があるし、今回は更に上乗せしてVIPルームに通してもらう。

 他の子らはこういう高級感あふれる待遇には縮こまってしまうけど、カンナならむしろ安心できるかと思ってね。案の定、彼女は戸惑う様子を一切見せなかった。さっき私が腕を差し出した時の方がよっぽど戸惑ってたよね。

「カンナ、お酒はいける?」

「はい、問題ありません」

 彼女が来てから、家での晩酌をしていない。別に他意があったわけじゃなく偶々なので、先に晩酌の相手などをしてもらって、確認しておけば良かったかもしれないな。今更だが。それに今の彼女の回答にも『本当』のタグが出ていたし、お酒が嫌いってこともないだろう。一先ず安心。

「私は――これにしようかな」

 いつも通り、フルボディの赤ワインを注文する。するとカンナも「同じものを」とオーダーしていた。さっきまで真剣にメニュー表を見ていたと思ったのに。一緒で良かったのかな。

「結構、飲める方?」

「……どうでしょうか。あまり量を飲んだ経験が無い為、判りかねます」

 確かに、多く飲んでも酔わないことが分かって初めて『強い』なのだし、前提の経験が無ければ分からないね。ただこの感覚なら弱くもないのだろう。弱い人は一杯とかで限界のはず。

「というか……そっか、カンナは明日ようやく二十一歳だから、飲む機会もまだそんなに無かったか」

 カンナはパーティーにも頻繁には参加しておらず、自ら日常的に飲むわけでもないなら、数えるくらいしかお酒を飲む機会には触れていないかも?

 考えてみれば、うちの子らはみんなまだまだ若い。三姉妹が劣悪環境を生きていて、飲酒の機会も含め、良くも悪くも経験豊富なだけだ。ご令嬢のカンナなんて特に――と思ったんだが。カンナが微かに視線を余所にやった。おや? 私が笑ったら、カンナは観念した様子で項垂れる。

「大きな声では言えませんが……公の場で粗相をしないようにと、十八歳頃から慣らしておくのが貴族社会では暗黙の了解なのです」

「あ~なるほど」

 貴族の『パーティー』は基本、内輪向けではない。政治的な繋がりも踏まえ、個人でなく『家』が主催するものだ。二十歳の誕生日パーティーではそのような場で飲酒することになる為、何かあっては目も当てられない、ということらしい。

 ちなみに私は、二十歳を前にしての飲酒はしていない。親が厳しいからというより、うちのように周囲の目が集まる家だと万が一でも世間に知られれば、面倒がありそうだからである。

 そして私も二十歳にはきちんとした誕生日パーティーがあった。ホームパーティーではなく、今までお世話になった親戚や、両親の仕事関係者も交えて、大人になりましたよ~というお披露目みたいな、わりと仰々しいもの。幸いこのパーティーは私の誕生日を少し過ぎてから開かれた為、お酒を飲んでもきちんと振舞えるかどうかを、二十歳を過ぎてから確認できている。

 しかしこの国の貴族社会では当日開催が普通らしい。そうなると確かに酒への耐性を確認する暇は無く、確認したければ二十歳を迎えるのを待たずに飲むしかない。慣習となってしまうのは、分かる気がした。

 何にせよカンナもそうして十八歳くらいからお酒は嗜んでいて、粗相をする心配は無いってわけだね。まあ多少の粗相は私が守るから構わないけど、不慣れな飲み方で体調を崩す可能性が低そうで安心した。

「食べる方も無理しないでね、私が欲しいだけだから」

「はい」

 ワインが到着するタイミングでいつも通り大量におつまみを注文しつつ、カンナにもそのように告げておく。ちゃんと言わないと、カンナは私に付き合おうとしそうで心配だからね。

 では、乾杯しましょうか。

 丁寧にグラスを合わせてから、一口。うん、お高い店だけあってワインもグレードが高い。美味しい。

 味わいながらカンナを盗み見ていたけれど、確かに慣れた手付きで飲んでいた。それにカンナがワインを傾ける姿って何か新鮮で、いいな。

 ニコニコして見つめていたら、カンナがぱちぱちと目を瞬いて戸惑っている。可愛い。

「ううん、一緒にお酒を飲めて嬉しいなぁって思って」

「私も、光栄に思います」

 教科書通りの返答を口にしているものの。瞬きが多くて少し照れている様子なのが堪らない。此処が二人きりの部屋ならもう愛らしさに負けて抱き締めてしまったかもね。

「アキラ様は、特にワインを好まれるのでしょうか」

「うーん、お酒は色々好きだからなぁ、一つは選べないけど……基本的には辛口や、重いものが好きだね。カンナは?」

 ついさっきまでなら「まだ好みも分からないかもしれない」と考えただろうが、『慣らす』目的ならおそらく色んな種類を飲んでいるだろうと思って普通に問い返す。やはりカンナは、「強いか」と問われた時のように戸惑いはしなかった。

「ワインなら私も重い赤、または辛口の白でしょうか。ウイスキーなら、スモーキーなものが」

「あー、いいねぇ、私も好きだ」

 また、ブランデーは紅茶に入れる用途で色々と試しているようで、りんごみたいな果物から作られるブランデーが今のところカンナはお気に入りとのこと。この間、私の紅茶に入れてくれたのもそれだったらしい。

「ただ、麦酒は少し苦手ですね……」

「あはは! 確かに麦酒を飲むカンナは、イメージが無いかも」

 というか、思った以上にこの子、飲める口だな。慣らしてあるだけじゃなく、元々強いんじゃないかな。カクテルの話題が一切出てこなかったのが一番のおもしろポイントである。

「しかしアルマ領のワインが頂けるのは、役得でございました」

「ふふ。喜んでくれて私も嬉しいよ」

 みんなこの領のワインが好きだねぇ。モニカみたいなしっかりした人ですらメロメロになっていたもんなぁ。あの時のモニカ、何回思い返しても面白い。

「ワイン以外にも、国内に有名なお酒の産地ってあるかな?」

「私が知る限りのことになりますが――」

 お茶なら専門家レベルに細かく教えてくれたかもしれないが、お酒でもカンナには引き出しがあるらしい。わくわくしながら私は続きを求めて頷いた。

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