第590話_深い愛情
それにしても。長命であるはずのエルフを家族に持つラターシャが十六歳に満たない内に全ての肉親を亡くしている状況は、人族の知る限りの知識では少し違和感でもあった。ふと過ぎった予想に、リコットが心配そうに眉を下げる。
「ラターシャの血筋が、身体が弱い……とかじゃないんだよね?」
リコットの言葉にラターシャは一瞬きょとんとしてから、どうしてその思考に至ったかを気付くとふっと笑って首を振った。
「違うと思う。お祖父ちゃんは事故、お祖母ちゃんは高齢で亡くなったらしいから。元々ね、エルフってあんまり子供が出来ないんだって。私を産んだ時のお母さんは二百歳くらいだったけど、それでもかなり早い方だったらしくて」
「へぇー!」
その結果、何代もが同時に生きているような状況はあまり起こらないとのことだった。
「人との間に子供が出来やすいのかしら。……もしくは逆に、純血種同士だから出来にくいのかもしれないわね」
「うーん……後者かも。血が近いせいで色々あるらしくって。伝染病とかも一度発生すると大勢死んじゃうの」
つまり子が出来にくいことも、そのように血を濃くしたことによって『色々ある』内の一つの代償なのかもしれない。千年をも生きるエルフが人口を爆発的に増やしていないことも、出生率の低さと、伝染病などによる死亡リスクが要因にありそうだ。
「ラターシャは、お父さんに会ってみたいとか、思う?」
「えー、ううん、あんまり」
想像以上にあっさりとした否定が返り、三姉妹は目を丸めた。だがラターシャは問われるまでもなく、このようなことを今までに何度も考えてきたのかもしれない。
「アキラちゃんに会うまでは、もしかしたら本当に魔族かもって思って、怖かったし」
残酷な真実ならば知らない方が幸せであることもある。アキラがタグで真実を見る前に、『本当に知りたいか』をラターシャに確認したのがその為だ。
だが今はアキラのタグで、ラターシャの父は間違いなく人族であることが分かっている。それでも、ラターシャは改めて、首を横に振った。
「今は、お父さんがちょっと可哀想だから。私に今更会ったって、お母さんはもう、居ないし」
幸せな報せなど何も無い。悲恋の結末をわざわざ知らせに行き、傷付き悲しむ父の様子を自分の目で見るだけだ。
だからラターシャは『会いたい気持ちが無い』のではなく、『会いたくない』と思っているらしい。
「……それもそうね」
短い言葉でナディアが優しく同意すれば、リコットとルーイも神妙に頷いていた。
「アキラちゃんには話してないの? お父さんのこととか」
「うん、聞かれてないから。……それにエルフの話、アキラちゃんはあんまり好きじゃないでしょ。楽しい話じゃないと、ちょっと話しにくくって」
「あ~」
最初はただ、優しいアキラに悲しい顔をさせたくないと思って敢えては話さなかった。そして今は『アキラは怒らせると手が付けられない』と知ってしまっている為、余計に話し難くなっている。しかもその代表例が、スラン村の傍のエルフの里。話題として躊躇するのは当然とも言えた。
「あの人なりの愛情なんでしょうけど、私達以上に怒るから、困ることはあるわよね。私も――」
ナディアは口を付いて出てしまった言葉を、途中で止め、言わない方が良いかもしれないと迷った。しかしリコットが何かを察した様子でじっと見つめてくるので、観念して少し肩を竦める。
「私もつい先日、アキラに父の話をしたの。『笑うのを隠す』癖を、変に気にしていたから」
そのままナディアはあの日に打ち明けた内容を、可能な限り簡潔に、さらりと説明した。
「宥めたから飲み込んでくれたけれど。放っておいたら今頃、本当に殺しに行っていたでしょうね」
「うーん、そういうとこあるよね……」
ラターシャは苦笑してナディアの気持ちに同意していたが、その横でリコットは酷く苦い顔になっていた。
「私にアキラちゃんくらいの力があったら、とっくに殺しに行ってるよ」
「リコット」
憎々しげに低く言い放つ彼女を宥めるように、優しくナディアが呼ぶけれど。リコットはむつりと不満気に黙り込んでしまった。またルーイも、リコットと同じく不快そうに眉を寄せた。
そんな二人の様子を見て、ナディアは眉を下げながらも、ふっと表情を緩める。
「私は父から日常的に暴力を受けていたの。この子達には少しそれを話してしまったせいね」
その言葉にラターシャも、悲しそうな顔をした。ナディアは一層表情を緩め、慰めるようにその頭を撫でる。
「困ったものよね。愛情深いと、私の代わりに怒って、悲しんでしまうのだから」
その声は優しくて甘くて。妹達が自らに向けてくれる『愛情』に対する喜びが滲んでいた。
「それより――」
とは言え。そんな妹達がいくら愛らしかろうと、身勝手にそれを引き延ばそうと考えるナディアでもない。沈んでしまった子らの気分を変えるように、少し声のトーンを高くして話題を変える。
「明日のカンナの誕生日会は、何もしなくていいのかしら? プレゼントは用意しているけれど……また紙吹雪でもする?」
「はは! それいいかも」
笑いながらリコットが応じると、ラターシャとルーイも顔を見合わせて笑い、頷き合う。
「アキラちゃんって、カンナと一緒の時は先に入ってきたっけ? 後?」
「先だったと思うわ。必ずカンナが扉を開いてアキラを通すから……ああでも、侍女じゃない日はどうなのかしら」
カンナの方はいつも通りと思ってそのように動くかもしれない。しかしアキラが『侍女じゃないから』と敢えて逆転させそうでもある。四人は「うーん」と綺麗に声を揃えて唸り、首を捻った。
「ナディ姉が頑張って察知する」
「……無茶を言わないで」
流石のナディアも、一緒に帰ってきた二人のどちらが扉を開くかなんて、扉前で「私が開きます」など宣言でもされなければ分かりようもない。
苦い顔をするナディアにみんなが笑うと、ナディアの猫耳がぺたんと下がった。アキラのような獣耳の愛好家でなくとも、その様子は愛らしく映る。
「じゃあ、アキラちゃんが先に入ってきたら、私がすぐ横に引っ張るよ」
ルーイが手を上げて役割を立候補する。確かに、可愛いルーイに手を引かれたらアキラはよく分からなくともすぐに従うだろう。
そうして四人は作戦を詰めながら、撒き散らす為の紙吹雪をちまちまと作り始めるのだった。
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