第587話

「アキラちゃんも終わり?」

「うん、あとはパン生地だけ」

 今日はもうそれ以外、私もソファで休憩します。そう宣言しつつ私が分厚い本を開くと、リコットが苦い顔をした。

「休憩……?」

「アキラにとってはそうなんでしょう。気にしたら負けよ、リコット」

 ナディアが宥める言葉に口元が緩む。リコットはちょっと唸っていた。

 今読んでいるのは建築素材の図鑑みたいなやつ。建材については当然スラン村のルフィナとヘイディが詳しくて私がこれ以上知る必要はないんだけど、こういうのも頭に入れておくと魔道具開発の引き出しの一つになってくれるのでね。発想する為に、知識は大事なのです。

「ミシン以外にも、何かオリジナルの魔道具を作るの?」

「うーん、まあ、色々考えてはいるよ」

 この世界に来てから、あれ欲しいなー、これ欲しいなーと、元の世界の生活と比較してよく考えてしまう。その中で優先順位を付ける。これは我慢できるけど、こっちは早めに欲しいなーとかね。しかしいずれもまだまだ思案中のものばかりだ。第一案くらいはあるんだけど、もっといいアイデアがあるかもしれないと思って揉んでいるところ。

「納品予定のものは、急がなくていいのだったかしら」

「うん、今残してあるのは、建築が落ち着いてからでもいいって」

 元よりどの魔道具も急ぎじゃないとモニカは言ってくれていたが、彼女らの日常を快適にできるものと、私達の家の建設に使いそうなものは勝手に早めに納品した。他は、農作に役立ちそうなものが多い。

 ただ今スラン村にある畑はそんなに大きくないし、魔道具に頼らなくても体力的に大きな負担になるってほどじゃない。

 だから魔道具を導入する際には、畑を拡大することを視野に入れた形になるかなと思っている。それなら収穫期の前後がタイミングとしてはベストだろうし、春か秋になる予定。それまでに、一通り揃えばいいだろう。

「農家出身からすると、あれが羨ましかったな、鳥除け魔道具。地味だけど本当に助かると思うよー。故郷でも収穫期が近付くと鳥の被害がひどくってさー」

 リコットが腕を組んでしみじみと苦労を語ってくれる。美味しい野菜は、鳥にも大人気なんだなぁ。なお、鳥除けはシンプルで小さい魔道具なので早々と製作済みで納品済みである。ヘレナ一家の解呪のカムフラージュでも使わせてもらったハンディサイズ。

「私はあれが好きだったな、後ろを付いてくる、台車?」

「ふふ、そうだね、みんな楽しそうだった」

 ラターシャが言ったのは、追従台車という魔道具。手を触れた人が再び触れるまでずっと一定距離で付いて来る台車である。重い荷物を運ぶのに便利。あれは女の子達が試運転で一番盛り上がっていた気がする。楽しそうに台車と追いかけっこしていた。走ってもちゃんと遅れずに付いてくるし、急に止まってもぶつかってこない。ただし急停止させると上に乗っている荷物はぶっ飛ぶからね、支えが必要です。スラン村に渡す時点でこういう注意事項をお伝えできたという意味では、いい試運転だったな。

 そんな話で盛り上がっていると、お遣いに出したカンナとルーイが帰って来た。

「二人ともお疲れ様。カンナ、服は問題なさそうだった?」

 本を閉じて立ち上がり、服以外のお遣いの品を受け取る。するとカンナがちょっと申し訳なさそうにした。主人に荷物運びをさせてしまうようで気になったのだろうが、このまま収納空間に入れるから大丈夫だよ。シュッとな。

 荷物が消えたら、ようやくいつもの冷静な顔でカンナが私を見つめた。

「はい。念の為と思って試着いたしましたが、問題ありませんでした」

「カンナすごく似合ってて、格好良かった!」

「えー、ずるいなぁ。それは私らも見たかったねぇ」

 みんなの反応が可愛くて笑う。まあその内また城から依頼があれば嫌でも目にすることになるよ。

 ちなみにルーイは私の臨時お小遣いで、大きなクッキー缶と、シュークリームを人数分買ってきたそう。どっちもみんなで食べたいんだって。可愛いな。

「カンナ、落ち着いたらお茶淹れて」

「はい」

「働かすね~」

 リコットの言葉に笑った。流石に顔色を見て体力的に問題なさそうだからと思ってお願いしてますってば。でもうちの子らはみんな、優しいからな。私は言い訳せず肩を竦めるだけにしたけれど、否定したのはカンナだった。

「アキラ様はご指示が少ないくらいです」

 台所で手を洗いながら、肩口に振り返ってそう答えている。他の貴族様だともっと忙しいことが普通らしい。

「お茶会を開く、またはご招待を受けて赴くようなことがありますと、座る暇など一切ありません」

「あー確かに大変そう。ドレスアップもあるもんね?」

「はい」

 話を続けつつも、カンナはお茶を手早く淹れてくれている。ナディアも立ち上がってその隣でコーヒーを淹れ始めた。シュークリームのお供にするつもりだろう。

 全員の飲み物が揃ったらようやく、ルーイのお土産をみんなで食べる。カンナにも同じ席に着いてもらった。

「美味しい! えー、これ何処で買ってきたの?」

 リコットが最初に舌鼓を打つ。でもみんなも同意して頷き合った。生地は外側がカリッとしていて、でも内側はふわっとしている。そして中のカスタードは濃厚でもくどくなく、二つや三つ食べても胸焼けしなさそうだ。これは美味しいな。

 お店の場所を熱心に語るルーイの口元はクリームがちょっと付いていた。でもすぐにナディアが拭ってやっている。まとめて愛らしいな。

 その後、みんなとソファでのんびりしながら。時々パン生地の様子を確認しつつ穏やかな午後を過ごした。

 ちなみに今日の晩御飯はピラフとチキンカツ。美味しいねってみんなが言って綺麗に食べ切ってくれた後。普段は後片付けを任せてのんびりしているはずの私が横でパンを焼き始めると、女の子達がきょとんと目を丸める。

「あれ? それもう焼いちゃうの?」

「うん。まあ、発酵させ過ぎても悪くなるから」

 冷蔵すれば発酵を遅らせることも出来るけど限度があるし、少なくとも私はあんまり先延ばしにした生地を焼いたことが無いので、それをやると味に自信が持てない。

「それにこれは焼き立てじゃなくっていいんだ。そのまま食べないやつだし」

「ふーん?」

 今夜は外泊予定で、明日の早朝から調理が出来ないのでこのようにしたというのもある。帰ってからパンを焼き始めたら、空腹なみんなを待たせちゃうからね。かと言ってお誕生日のカンナに無理な早起きはさせたくない。

「いい匂い~」

「ふふ。ちょっと食べる? 端っこ」

「いいの? 欲しい!」

 嬉しそうな声をあげたのはリコットだったけど、瞬間、みんながきらきらの目をしたから頬が緩む。あまりにも愛らしかったので、カンナも含め全員、ちょっとのバターを付けてひと欠片ずつあげた。大事に食べて感想を言い合う様子も可愛いね。

 さて。パンの粗熱を取っている間に他の子らはお風呂に入ってもらって、カンナには外泊の支度を任せておこうかな。そう指示を出した途端、カンナとの外泊が俄然楽しみになってきて内心そわそわし始めたらナディアに一瞥された。気付かないで下さい。

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