第585話

「蒼は?」

 興味津々であるのを隠しもせず尋ねる私に、カンナはいつも通り淀みなく冷静に応えてくれる。でも声は一段と優しい色になった。

「王都外で護衛任務に当たる騎士団です。要人らの遠征時などに出陣します。対照的に灰は王都内、特に城内警備になります。いわゆる衛兵ですね」

「彼らは灰騎士団だったのか」

 城内で私を案内してくれたり、扉の開け閉めをしてくれる兵……うん?

「そもそも兵士と騎士って何が違うんだっけ……」

 私の言葉に、カンナは一瞬、目を丸めた。多分、彼女や貴族らにとっては常識であって、聞かれるとは思っていなかったことなんだろう。

「身分が違います」

「お? でも出身は……」

「はい、平民出身の騎士も居るのですが……ええと」

 困らせている。すまない。でも我が故郷には騎士団が無かったんだ。がんばって教えてくれ。じっと待っていると、頭の中で説明を整えたのか、一つ頷いたカンナが真っ直ぐ私を見つめる。

「騎士というのは、受けるべき訓練を全てきちんと受け、且つ、試験に合格しなければなりません。そして合格した者へ、国王陛下が『叙任』する身分なのです。兵士にも訓練や見習いの期間はございますが、このような試験と叙任はございません」

「へえ~」

 爵位とはまた違う身分で、貴族になるわけではない。しかし平民というわけでもない。間に位置するくらいの認識だそうだ。へえ~。

「王宮の衛兵・警備兵の役目は全て騎士が担っております。一般兵が有事の際に王宮へ入ることもございますが、基本的には騎士らの指示の下に動く者になります」

 そういう違いかぁ。合同訓練を行うことも多いそうだが、やっぱり『身分』のある騎士の方が立場は上だし、何より試験も簡単なものではない上、貴族らに対する礼儀作法も学ばなくてはいけなくて、強いだけでは務められない、なかなか大変な職業のようだ。

 言われてみれば確かに、城で接した兵士の中で立ち居振る舞いに不安がありそうな人は見なかった。王宮勤めだからかと思っていたが、教育をきちんと受けている騎士だからということだったのか。

「また、身分差がある恋仲の者達にとっては、平民側が騎士を目指すというのはよくある恋物語ラブストーリーですね」

「はは! なるほどなぁ」

 身分差に厳しい貴族らの結婚だが、相手が騎士の場合はグレーゾーンに入るらしい。つまり出身が平民であっても結婚できる可能性はゼロじゃないってことだね。

「他にも、下級貴族の分家筋になりますと爵位を持てないことが多く。その場合は、騎士になって箔を付ける方もいらっしゃいます。ジェンキンス家の次男様もそうであったような」

「あー、なるほどね、そういえばデオンの二番目のお兄さん、騎士になったって言ってたや」

 デオン自身も、冒険者を目指す前は騎士を目指していたような口ぶりだった。それは子爵家の次男以下になるとよくある話だったのかもな。

「貴族を維持するのも、大変なんだねぇ」

 私は結局、良い家の生まれだからと言っても貴族ではないし、この血筋を維持することを求められたことも無い。職業も特に指定は無かった。精々、身辺警護が必要だったとか、立ち居振る舞いに気を付けるべきだっただけだ。そう思えば、実際の貴族のような過酷さはまるで無かったなぁ。

「家にもよるものだと思います。私は姉らが充分に役割を担ってくれた為、自由にさせて頂いております」

「まあ、それは私もそうかな。兄さんが居たから……あ、カンナのお姉さんは誰かが伯爵位を継ぐことになるのかな?」

「はい、一番上の姉が継ぐ予定で、義兄は婿入り致しました」

 モニカが次期侯爵って言われていたことからも分かっていたが、爵位を継ぐのは男性と決まっているわけではなく、女性が継ぐこと自体、珍しくないらしい。しかも男子が生まれても、上に女子が居たらその子が継ぐとか、上下に関わらず『相応しい者』が継ぐ場合も同じく珍しくないようだ。

 だからモニカやカンナの家のように子供が女子ばかりならその子らに継がせ、わざわざ男子の養子は取らないみたい。というか、『血』に執着している文化なので養子では意味が無いんだろうな。

「は~、面白いな。本当にありがとう、すごく楽しい雑談になった」

「恐縮です」

 楽しすぎて無限に拘束してしまいそうだから、私のお茶が底を突いたのを機に解放してあげた。

 いやしかし、色んな疑問が晴れてすっきりしました。

 気になることはまだまだあるし、王様の一存でぐらぐらになるウェンカイン王国って問題は解決しないだろうが、とりあえず私がそれを気にする必要は無いだろう。ただ今後は此処が『宗教国家』である点を気にしておこうと思った。

 さて。じゃあ良い気分転換が出来たので、次の作業――白いミシンの分解をしようかな。そう思って白いミシンを収納空間から引っ張り出した直後、私は「あ」と呟いてそれを作業台に放置して立ち上がる。

「忘れてたー、カンナ」

「はい」

 再びピャッと素早く立ち上がったカンナが私に向き直る。この動き何度見ても可愛いなぁ。

「今夜、私と飲みに行こ。これは業務外のお誘い」

「……はい。喜んでご一緒いたします」

 ほんの少しだけカンナの瞳が揺れて、それが無性に可愛くって、私の心臓はむずむずした。でもみんなが居るのでちょっと気恥ずかしくなって軽く頭を振る。ふっと短くナディアが笑った気配がした。気付かれている。やめて何も言わないで。

「えーと、それで、明日は部屋でカンナのお誕生日会だからねー」

 変な言葉を挟まれぬようにと慌てて続けたが、ナディアは飲み物を傾けており、何を言うつもりも無かったのだと知った。ありがとう。

「あれ? その仕込みは?」

「午後からやる!」

 勿論、大事な子の誕生日だから忘れていない。献立はちゃんと考えてあるし、食材なども既に揃えてある。えへんと胸を張ったが、別に誰も褒めてはくれなかった。ふーんって顔をしていた。少しだけ悲しい。

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