第584話

 よくまあこんな形で国として長い年月、存続できているものだ。そんな気持ち悪さがあったのだけど。その疑問も、続けられたカンナの言葉が少し解消してくれた。

「ただ、救世主様の代理人として重んじられているのは『王族の血』であって『国王陛下』ではありません。よって、振る舞いが目に余る場合には『他の者』にその信が移ることは大いにあり得ます」

「なるほど!」

 つまり、王様があんまりに暴君だったら、他の王族の中でもっと国民からの支持を受けている人が、ひっくり返してしまうんだ。貴族が権力を握っている世界と言っても、数の利は圧倒的に平民の方にある。それに、武器を持たない平民ばかりならまだしも、冒険者みたいに武力に長けている平民がこの世界には多く居る。貴族・王族らも完全に彼らをないがしろには出来ない。

「実際、過去に一度だけ起こっております」

「ほー」

 王子が王様を引きずり下ろした歴史は一度きりらしいが、次期国王の候補が数名居て、継承権を争うことはよくあるらしい。そういう色んなことがバランスを取るように働いて、この国が内から瓦解する程の危機には陥っていないんだな。

「面白いなぁ。とりあえず王族さえ完璧に御せればこの国の中では安泰そうに思うけど、さてはて」

 紅茶を傾ける。うん、カンナの紅茶はいつどんな状況で飲んでも美味しい。

「そういえば、アーモスって生きてる?」

「……ブラジェイですね。はい、健康状態に問題は無いと聞いておりますが」

「ふふ」

 爵位が『元』になってる。もう何となく察して笑ってしまった。カンナは一度ゆっくりと頷く。

「アキラ様に無礼を働いたとのお話、伺っております。伯爵位は剥奪され、三年間の禁固刑となりました。その後は御一家で国境付近での無期限労働を課せられているかと」

「ご家族もまとめてかぁ。ご苦労様だねぇ」

 あんなバカに巻き込まれた家族の方々にはちょっと同情してしまうね。そしてあの騒動には別に関わりの無かったはずのご家族ですらその扱いなら、実行犯だった従者の行方については聞かない方が良さそう。ご愁傷様。

 胸の内で合掌している私の思いなど知る由もないカンナは、淡々と説明を続ける。

「極刑にすべきとの声も多く、私も心の内では同意しておりましたが。陛下はお優しい刑を望まれたようですね」

「お優しくはないと思うけど……そ、そっか……」

 時々カンナは過激なことを言うから動揺しちゃうな。面白くもある。私の返事にまるで「とんでもない」と言いたげな強い目でカンナが私を見つめた。

「記録の限り、救世主様へ危害を加えた者はほぼ極刑です。しかし、彼のように『アキラ様を救世主と認めない』という主張を持つ者は、無実を訴えております」

「あー。まあ、言いたいことは分かる」

 私が救世主か否か。その定義が変われば根底が覆る。私が救世主として務めていればもっとはっきりしているんだろうが、拒絶をしているから、信仰心が揺らいで意見は分かれるのだろう。

 実際、私は「救世主にはならない」と宣言しているのだから、『救世主に危害を加えた』という罪が適用されるべき、とは流石に主張する気も無い。

 唯一、私が救世主である自分の立場を利用したのは、モニカを王城へ連れて行き、彼女の願いを叶えた時だけ。

 都合の良い時だけ救世主として振る舞う私に、非が無いとは思っていない。

 この世界へと招かれたことそれ自体には憎しみがあり、その点、私は被害者でしかない。だが招かれた後の横暴な振る舞いは、積み重ねればいつか裁かれるのだろう。

 それが正であろうと否であろうと、『そういうもの』だ。

「ふむ……」

 再び紅茶を傾けながら、指先で机を何度か突いた。

「ところで、モニカから聞いたんだけど。魔族が出たら必ず前線に行く強い部隊が、この国にはあるんだって?」

 唐突に話題を変える私にもカンナは戸惑う様子無く頷いて、それを肯定した。

「白騎士団長が直々に率いられる、第一部隊がその役割を担っていると聞いております」

「ん? 騎士団長って、コルラード?」

「いえ。レッジ様は全ての騎士団を統括される御方で、総騎士団長とも呼ばれますが……色の名を前に付けずに『騎士団長』と言えば、暗黙で『総騎士団長』を意味することになっております」

 ほう。つまり騎士団は沢山あって、騎士団長もその数だけ存在し、全部を統括しているのがコルラードなのか。なお最初に聞いてからずっと扱っていなくてフルネームを忘れてしまいそうになるが、コルラード・レッジである。カンナは彼をファーストネームで呼ぶ立場でない為、『レッジ様』または『騎士団長』と呼ぶらしい。今は後者で呼ぶと私が混乱すると思ってレッジって言ったんだな。この細やかな心配こころくばりたるや。

 さておき。騎士団にはそれぞれ色の名前が付けられており、白・黒・紅・蒼・灰の五色だそうだ。

「それは順位なの?」

「いえ、定義としては『特色の違い』による区別です。しかし実情は、白騎士団が最強の名を冠しております。他の四色については一律の認識こそ無いものの、……揶揄やゆし合うようなことはあるのだと聞き及んでおります」

「あはは」

 詳しく聞いてみると、最強と言われる白騎士団は、重要な戦いで前線へ出る。特に魔族戦では必ず出陣する。

 黒騎士団はその補佐役で、白騎士団で戦力が足りない場合の補充、またはその他の争いで前線へ出る。そういう役割から、「二軍」などと揶揄されることがあるらしいが、コルラードは元々この黒騎士団の出身であるという。じゃあ別に弱くて黒ってわけじゃないんだろうよ。あの人はドラゴンの炎を普通の剣でぶった斬るんだぞ。あれで弱いならこの世界に救世主とか要らないよ。

 そして紅は、女性のみで構成された騎士団だそうだ。

 警備で男性を付けにくい場合、例えば女性貴族や女性王族の室内警備には主に紅騎士団が派遣されるらしい。そのように警備や護衛の任務が多く、前線に出ることはほぼ無い。なお、別に女性だからと言って紅騎士団に入る決まりがあるわけじゃなく、女性の中でも希望した者だけが入ることになっているそうだ。

「貴族令嬢にも騎士となる方はいらっしゃいまして。ご家族などが、『紅騎士団なら』と限定的に許可されるのです」

「ほー、どの家庭も心配はするだろうけど、貴族となると一層、って感じか」

「はい」

 騎士・兵士という職業に女性が二割ほど居ると聞いたが、それでも圧倒的に男が多い。

 前線へ出ることへの心配もあるだろうが、貴族としては女性が男性社会に入ることも躊躇や懸念が大きいらしい。それもあって、紅騎士団の半数が貴族令嬢だそうだ。

 うん、この話、楽しい! 他の騎士団も詳しく聞こうと思って目を輝かせている私を見つめ、カンナが少し可笑しそうに目を細めたように見えた。

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