第583話

「アキラ様は、精霊信仰をご存じですか?」

 初めて聞く単語だった。私は正直に首を横に振る。

「いや。でも『精霊』って存在については、エルフからの知恵で伝承だけいくつか知ってる。エルフらの間では、『神様の眷属』として貴ばれているみたいだね」

「エルフには精霊を認識できるのでしょうか」

「ううん、それは出来ない。居るとされているだけだ。神様と一緒」

 納得した様子でカンナは何度か頷いて、また私に向き直った。

「平民と一部の貴族の間で、精霊を信仰する者があるのです。精霊を『神の眷属』と呼ぶ話は初耳でしたが……ウェンカイン王国の豊かな自然、そして魔力を支えているのが精霊だ、という話だったかと記憶しております」

「ほう」

 精霊信仰自体は、神様の信仰と同じく古くからあるものだったそうだが、ある時期に爆発的に広がり、敬虔な信者らが急増したと言う。

「広まった一つの理由として、とある災害がありました。百年ほど前のことですが、火山が噴火したのです。ですが麓の村は奇跡的に大きな被害を免れました」

 そしてその村の一部住民が熱心な精霊教の信者だったらしく、村はその奇跡を精霊らのお陰だと感謝するようになった。近隣の集落にもそのような動きが広がった。

「救世主様を敬うことを我々は宗教として扱っておりませんので、精霊信仰を糾弾する動きはありませんでした。しかし、『自分達を真に守ってくれるのは救世主様ではなく精霊様だ』というような意見まで出てくると、流石に大規模な諍いに発展しまして」

「あちゃ~」

 救世主信仰の方が強いからってだけで、弾圧されてもいないのについ反発しちゃう人が出ちゃったんだなぁ。いや、もしかしたら「それでも救世主様の方が」と茶々を入れる人間も居たのかもしれないね。始まりは売り言葉と買い言葉だったのかも。

 何にせよその結果、ウェンカイン王国内で小さな内乱が起こってしまったらしい。当然、根強い上に王族が後ろに付いている救世主信仰が圧倒して戦いは終わった。その後、精霊教はかなり肩身が狭くなる形となったそうだ。でもまだ、信者は残っている。

 結局、救世主を軽んじる言動さえ無ければ他の宗教を許しているわけだから、根絶やしにされることはないんだね。リコットも言っていたけど、神様を祀る祠だって一応、村の端とかにはあるらしいし。

「あの諍いがなければ、今頃は新しい国を興していたのではないか、と言われているのです。それだけ強く、勢力を広げていた宗教でしたので。そういう歴史を教わる際、宗教国家という形態について学ぶ機会がございました。また建国より以前の話であれば、そのような国家も幾つか存在していた記録があるとのことです」

「へえ~」

 なるほどなぁ。ウェンカイン王国の建国前、そしてその内乱の歴史を学ぶ流れで、宗教や宗教国家の話があると。

「カンナはそういう知識を持った上で、……自分で考えて、この国を『宗教国家』だと思ったの?」

 蒸し返すような私の質問にカンナは再び黙り込んだ。そして唇を震わせ、小さく息を漏らす。でも幾ら待っても、言葉は無かった。

「ごめん、カンナ」

 手を伸ばし、小さな肩を可能な限り優しく撫でた。

「この話で私が君を責めることは無いけど……君がそんなに苦しいなら、答えなくていいよ」

 もう違う話に変えてしまおう。そう思ったのだけど。カンナが無言で首を振り、ゆっくりと呼吸を繰り返した後、「いえ」と声を震わせた。

「アキラ様にお答えできないことは、何もございません。ですが私の考えは……私だけではなく、我が伯爵家を危うくさせるもので」

「うん。誰にも言わない。だから大丈夫だよ」

 私の言葉を聞いて少し安堵したのか、また呼吸を繰り返したカンナは次第に落ち着きを取り戻し、居住まいを正した。

「申し訳ございません、取り乱しました」

「いいんだよ。問い詰めるみたいになってごめん」

 またカンナは静かに首を横に振る。彼女の視線は下に向けられたままで、紅茶の表面をじっと見つめて目を細めている。ごく近くを見つめているのに、随分と遠くを見るような色をしていた。

「はっきりとした考えではございませんでした。ふと、宗教国家という知識と、我が国のあり方を重ねて、……『似ている』と感じたことがございました。ですが口にしてはならないことだと思い、今まで一度も、誰にも、伝えたことはございません」

 この子の順応力や、物事を多角的に見て考え、偏見なく広く受け止める性質は生来のもののようだ。結果、『教えの範囲外』にまで考えを及ばせて、そのような危険な思考すら拾い上げる。ただ幸いなのが、その思考が危険であることを周囲に悟られる前に察知して、飲み込める聡明さも持っていたことだろう。

「アキラ様にご説明するには、ご理解頂きやすいと思った為、このように申し上げました」

「うん。ずっと理解できなかったことが君の言葉で腑に落ちて、すっきりした。本当にありがとう」

 私の国が議会制だから、王様一強のウェンカイン王国の仕組みは理解しにくいと察してくれていたようだ。大正解もいいとこで、カンナを話し相手として求めた時に私が抱いていた疑問のほぼ全てが解消された。

「宗教云々の話は一旦終わりにしよう。もう分かったし」

 何より、必要以上に突いてまたカンナを怖がらせたくもない。私は彼女からの返事を待たず、少し声のトーンを明るくして話を変える。

「じゃあこの国は、基本的に王様が城の業務を回してるのかな。それとも一応は管理部門があって、提案が上がってくるのを承認してる?」

「仰る通り、各管理部門がございますので、現王陛下であれば……いえ、私は存じませんが、アキラ様の御力でご確認ください」

 ん? どういう意味だろう。と軽く首を傾けたが、続く言葉ですぐに分かった。

「現王陛下は主に、専門家らの意見や提案を元に、最終案を決定されております」

「お。『本当』みたい。ありがとう」

 私の力って、タグのことか。確かに、分からないことや曖昧な部分はタグを利用すると楽に事実を確認できるね。賢くて助かります。

「なるほどね、権力や最終決定権は王様に集中するとしても、管理部門や専門機関がちゃんとあって、役割分担はしているわけだ」

 それなら王様が大きく道を外れないようアドバイスや補佐をすることは少なからず出来るってことかな。

 ――と思ったけど。王様を傀儡に出来る口達者な人物が居れば、結局全てが無に帰すんだろう。全く賢くないフォスターが好きに出来ていたんだから、王様一人を崩せればこの国が崩せるという構図には違いないよなぁ。

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