第581話_話し相手
真剣に部品の組み立てを進めていると、いつの間にか部屋にはナディアが入り込んでいて、木型の製作を進めていた。ゴリゴリ削る音が楽しい。
そしてまた次に顔をあげたら、その様子を見学しているリコットの姿があった。木型から既に興味があるのか。可愛いね。二人で時々雑談もしながら作業していた。
「靴って、毎回こんな大変なの?」
熱心に足の木型を作るナディアに、リコットがぽつり。ナディアは手を動かしながらも、少しも煩わしそうにしないで答えていた。
「一度作ってしまえばほとんどの場合は使い回せるし、フルオーダー専門の店であっても、木型を作ってくれる工房と契約できれば買ったものを調整するだけだから、ここまでではないわね」
それなら、今回も買ってしまって良かったのでは? 私の頭に浮かんだ疑問は当然リコットも思い付く。素直に彼女が質問を口にすると、ナディアは首を横に振った。
「木型の工房はあまり多くないし……個人での注文を受けてもらうのは、難しいでしょうね」
そもそも木型を自分で作らず工房に頼るようなところは大きな靴屋ばかりで、かなりの規模での受注をしていることから、小規模なところは割に合わないからあんまり受けてもらえないんだって。そもそもの受注分でも大変だというのもある。なるほどねー。
だから小規模な靴屋であれば同じ型で量産するにしても、まずは基本となる木型を自分で作るとのこと。うーん、手間暇が掛かっていますね。
「私の場合は、あなた達のもの以外は作らないでしょうから、そんなに要らないわ」
「その内、スラン村のも作ってそう」
「……それは」
しばらくの沈黙の後で「そうね」とだけ小さく呟いたナディアに思わず私の口元も笑ってしまった。そしたらいっぱい木型が要るねぇ。まあ、大人達はそうそうサイズが変わらないので、それこそ一度作ればもう良いんだろうけど。ラターシャとルーイはまだ変わるかもな。
「私も何か手伝える?」
リコットは工作系だと何でもやってみたい子なんだな。ナディアもそんな彼女を愛らしく思ったのか、くすりと笑った声が聞こえた。
「単純な作業はいくらでもあるわ。手伝ってくれるの?」
「うん、やりたい」
妹達と会話している時のナディアの声って甘ったるくていいなぁ。それにナディアと話す時のリコットの声が偶に子供っぽくなるのも堪らなく可愛い。今がそう。どちらも私は傍で聞くことしか出来ない。
「じゃあ、この部分、凹凸が無くなるようにこのやすりを掛けてくれる?」
「分かった」
ナディアが木型を削るゴリゴリ音と共に、目の細かいやすりを掛けるしゅりしゅり音が重なる。今はカンナの左足がゴリゴリされてて、右足がしゅりしゅりされているね。口に出したらまた言い方を怒られそうなので、飲み込んだ。
聞き耳ばかり立てていた私は二人の方にほとんど視線を向けていなかったんだけど、キリの良いところでふと見れば、リコットはナディアに作ってもらったエプロンを着けて作業していた。うーん、愛らしい光景だ。
二人はそのまま、夕食時間まですっかりと作業に没頭していた。
そして翌日。
あんまり作業を続けるなら心配――と思ったが。二人共、午前中はきっちり休憩していた。ちゃんとオンオフできて偉いねぇ。
私はやり始めたらずっとだからな。しかしミシンの再生はあとちょっとなので、これが終わったら区切り――いや、次は白のミシンを分解するので終わらないか。その後も魔道具としてのミシンの製図だし、まだまだやることは沢山ある。ちなみにスラン村に納品する魔道具もまだ全部終わったわけじゃないので、作業は無限と思えるほどにある。
そんなことをうだうだ考えながら、買われて早々分解された哀れなミシンを元に戻し終えた。動くかなー。ペダルを漕いでみる。ダダダ……と針が上下に動いた。うむ、動いてそう。
「ナディ……あら」
呼ぼうとして扉の方を見たら、もう入り口付近に立っていた。また木型の続きかな?
「ミシンの音がしたから驚いたわ。直したのね」
「ああ、うん」
なるほど、私がミシンを動かした音に反応して来たのか。そりゃそうだね、もうミシンはナディア専用の道具だし、そもそも私が扱わないからナディアに色々頼む話になったんだし。
「で、私を呼んだ?」
「うん、この直したミシンがちゃんと動いてるか見てほしいです」
私じゃ全ての機能の動作感が分からないので、分解していない方を既に使い慣れたナディアに確認してもらわなければなるまい。説明に納得した様子で、ナディアが軽く頷く。
「すぐに見た方が良いの?」
「いや、いつでもいいよ。このミシンはこっち側に置いておくから、気が向いた時にお願い」
「ええ」
入口近くに置いているナディア愛用のミシンとは逆側、部屋の奥に配置した。スペースがまだ余っているので充分に置けます。配置を終えたらナディアはまた軽く頷いて、工作部屋を出て行った。今日は作業しないらしい。昨夜がんばっていたからね、ゆっくり休憩して偉いね。
さて。私の次の作業は白ミシンの分解だが、どうしようかな。私も一旦、休憩しようかな。一度立ち上がって、ぐっと身体を伸ばし、そしてリビングの方へと歩いた。
「カンナ」
「はい」
呼んだ瞬間の立ち上がりと振り返りが早い。近くに座っていたリコットがその勢いにびっくりしてて可愛いの連鎖が起こっている。リコットの心臓には申し訳ないが幸せな光景である。
「あー、お茶を二人分淹れてこっちに来て。話し相手になって」
「はい」
「話し相手……?」
不思議そうな声でリコットが呟くと、カンナが優しい声で「侍女の役割の一つですので」と告げていた。
「そうなんだ……」
納得したような返事ではあったが声は明らかに戸惑っていた。会話が愛らしくてニコニコしつつも、私はリビングに長居せず工作部屋へと戻った。数名の視線をチクッと背中に感じたが、今はまあいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます