第580話_お土産
「ただいま~」
子供達とのデートから帰宅すると、お留守番だった三人は揃ってソファで寛いでいた。リコットはうとうとしていたらしく、クッションから顔は上げたものの目があんまり開いていない。寝てて良いんだよ。可愛くてニコニコしちゃった。
一方、カンナは待ち侘びていたような速さで私の傍に来て、上着を回収してくれた。侍女様の居る生活、こういうちょっとした作業が楽でいいなぁ、幸せだ。
「お留守番の良い子達にお土産~。ジャムとクッキー」
「ジャム?」
今日行ってきたスフレケーキ専門店で買ってきたものだ。スフレケーキはお持ち帰り出来なかったんだけど、幾つかジャムとミルククッキーが持ち帰り出来ると記載されていたのでそれを買った。クッキーにジャムを付けて食べるみたい。勿論パンなどにも使える……いや、そういえば。
「私の世界の一部の国では、砂糖の代わりに紅茶にジャムを入れて飲むところがあったなぁ」
「えっ、美味しそう」
ロシアンティーって呼ばれていたが、確か実際にその飲み方は別の国でされていて、ロシアでは紅茶に直接入れるわけじゃなくて別で食べるんだとか? そんなことを知り合いの紅茶好きなお姉さんが教えてくれたけど、確かめていなくてよく知らない。もう確認のしようもない。
そんな思考に気を取られていたらいつの間にかカンナが静止して私をじっと見ていた。可愛い。紅茶の飲み方だから、興味があるらしい。
「紅茶にジャムを入れたら、フルーツティーみたいに少し果物の香りがするし、砂糖の代わりにもなるって話だったと思うよ。紅茶によって、どんなジャムが合うかは色々あるだろうね」
今日買ってきたのは四つのジャム。女の子達も興味津々になってジャムを見つめているし、カンナの視線もジャムに釘付けだった。
「難しいかもしれないけど、カンナ」
「はい」
私は四つのジャムの内、一番のお気に入りの瓶を手に取った。
「このジャムに合いそうな紅茶、選んで淹れてくれる?」
「畏まりました」
いつもより少し返事が早かった。目もきらきらだ。可愛いねぇ。全員で楽しみたかったのでカンナ含め全員分の紅茶を淹れてくれと指示したら、戸惑い無く承諾してくれた。カンナが素早くキッチンへと行くのを見守って、私はソファの方に腰掛ける。
早速、子供達は今日のお店の話を楽しそうにナディア達に話していた。愛らしい。お外から帰ってきたらいつもこうやってお姉ちゃん達に聞いてもらうんだよね、この子達。
「さっき」
子供達の話がひと段落したところで、私の隣に座っていたナディアがふと呟く。最初は私に言ってると思ってなかったが、目が合ったので自分宛てと気付いてちゃんと顔を向けた。
「カンナにあなたの話をしていたのだけど」
「私の話?」
反射的にカンナの方へと視線を向けたけれど、彼女はお茶の準備の為にキッチンに居て、背中しか見えなかった。
「アキラちゃんについて、私達が知ってること大体。元の世界のこととか、育ちのこととか。何かある度に補足する手間が省けるでしょ?」
「はー、なるほど」
確かにいちいち「これカンナにまだ言ってなかったかなぁ」とか考えて毎回説明を挟むのは大変だし、私はその辺りの配慮に疎くて零しそうだし、ナディア達に情報共有してもらえたのは丁度良かったのかも。
「あ。アレは話した? 私の国の政治の仕組み」
「話したよ、お祖父さんが『カクリョウ』だったやつと一緒に」
「そう」
思考に意識を取られて私がそこで沈黙し、視線を余所に向けてしまったから、リコットが心配そうな顔で私を窺ったことを見落とした。
「……だめだった?」
不安を宿した声にようやく気付いて、目を瞬く。リコットを安心させるべく笑みを浮かべて首を振った。
「ううん、むしろ丁度良かった。――カンナ」
「はい」
お茶の準備の真っ最中だった彼女に、つい声を掛けてしまった。別に急ぐ内容じゃないので、後にしよう。
「いや、ごめん。後でいいや。そっち優先して」
「畏まりました」
こんな曖昧な主人にもカンナは動じることなくあっさりとお茶の準備に戻っていたが、他の子達の方がやや戸惑っていた。ラターシャがカンナと私を見比べている。可愛い。
「どうかしたの? アキラちゃん」
「ううん、内容は分かったかなぁと思って聞きたかっただけ」
答えても尚よく分からないと言うようにラターシャが首を傾けているけれど、私は軽く笑みだけ向けて何も補足しなかった。秘密にしたいわけではないものの、敢えて説明することでもない。
間もなくして、カンナが紅茶を運んできた。ジャムも既に小皿へと取り出されている。
「うん、良いねぇ。この紅茶にこのジャムは確かに合う」
ジャムを入れ、ひと口飲んだ私がすぐそう呟けば、カンナは小さく会釈をした。
「えー、こういう飲み方も面白いねー、ほんと美味しい」
「上品な甘さになるのね」
みんなの口にも合ったみたいで、それぞれが嬉しそうに感想を言い合っている。ちなみに共に買ったクッキーはお茶請けとしてそのまま食べてみた。うん、そのままでも十分に美味しいな。
「他のも色々、試してみたいねー」
ルーイとラターシャはその言葉を皮切りに、このジャムなら、あのジャムならと色んな意見を交わし合っていた。可愛いねぇ。
「んー、満足。急な遊びに付き合ってくれてありがとうね、カンナ」
「いつでもお申し付け下さい」
従順な様子が愛らしくて頭を撫でたくなってしまうが、ぐっと我慢です。
紅茶を飲み終えた後は、夕飯までまた工作部屋に籠ることにした。女の子達が楽しく話している声を聞きながら移動する。
夕飯までの時間は何をしようかな。分解したミシンを戻す作業が半端だったから、続きをやるか。
「アキラ様、お代わりはどうされますか?」
作業を始めてすぐ、先の紅茶の片付けを終えたらしいカンナが聞いてくる。
「今はいいや、後で」
「はい」
外でも家でも飲んで、もう腹がたぷたぷです。でもどうせすぐ口が寂しくなるだろうから、その時にお願いしよう。
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