第578話

「まあでも、王妃の治療は、……おっと」

 早速スフレケーキがやってきたぞ! おばあさんがトレーを持って此方に来たので、私は会話を中断した。メニューはこの一品のみで勝負しているお店だから、次から次へと焼いていて、注文したらすぐに出せる仕組みみたいだ。

「難しい話は後にしようか? 折角だから、食べようよ」

「うん!」

 目の前にこんなに美味しそうなものがあるんだから、お預けなんて罪だよね。まずはこのスフレ単体の味を確かめるべく、私達はそれぞれフォークを入れた。

「はぁ~……最高だったぁ」

「ふふ」

 食後、カフェオレを飲んで深い溜息と共に感動を伝えてくれたのはルーイである。ラターシャはそれに笑いながらも、同意を示してうんうんと頷いていた。

 いやしかし、本当に。どのフルーツソースもジャムも美味しかったし、それぞれの果物らしさが出ていて、しかもどれをスフレに掛けても外れが無い。私のお気に入りはラズベリーっぽいやつと、イチゴぽいやつ。ちょっと酸味があるのが好きでした。

「他のみんなも一緒にまた来たいね」

「ねー」

 美味しいお店を知ると必ず他の子達のことを思い出す、優しい子達である。その愛らしさに思わずニコニコしていたら、ふとラターシャが顔を上げ、私の方を見つめた。

「それでさっき、何だっけ」

「ああ」

 話の途中でしたね。えーと何処まで話したんだったかな。

「うん、王妃の治療は、モニカの目を治療した時の三十倍くらいの負荷だったよ、ざっくりの感覚だけどね」

「三十倍……」

「全然ピンと来ないけど、……比べものにならないくらい大きかった、ってことだよね」

 やや不安そうにそう問い掛けてくる子供達に、頷きを返す。

 両目と内臓全部じゃ、体積としては三十倍程度じゃないけれど。完全に機能を失っていた視神経と、辛うじてまだ生きていた内臓では重傷具合と複雑さが同一じゃないからかな。さておき。

「それでも反動は、三十倍じゃなかった。確かにきつかったよ。でも、モニカの時よりもむしろ軽かったんじゃないかな?」

 モニカの目を治した時――あの時は未だレッドオラムに滞在していたんだったかな。とにかく急いでみんなを連れて宿へと帰った。まだみんなに反動のことも伝えていなくて、本当は隠したくて。だけど隠す案を全く思い付かないまま、みんなから逃げて私だけ一人、近くの森へと転移した。

 つまり直後の状態は、みんなには見せていない。言葉で説明しただけだ。

 ルーイとラターシャもその時の私を目の当たりにしたわけじゃないから、よく覚えていないかもしれないと思って、改めて当時の私の状態を告げる。

 逃げた直後、私は鼻血を出した。頭は割れるように痛かったし、耳鳴りも眩暈も熱もあった。眠っていればそれらは一旦、半日程度で治まってくれて、大人しくみんなの待つ宿に帰ったわけだが。

 翌日以降のことは全員がご存じの通り。筋肉痛のような全身の痛みに見舞われ、全快までは二日ほどを要した。

「そう言われれば、確かに……今回、鼻血は出てないよね?」

「うん、城でも汗をいっぱいかいただけ」

 帰宅後、相変わらずしっかりと高熱は出してしまったものの、一日で復調し、通常の生活を取り戻した。

「つまり、アキラちゃんの身体が以前よりずっとずっと、魔力に慣れたってこと?」

「そうだと思う」

 王妃の治癒は、間違いなく今までで一番きつい魔法だった。その反動がたった一日の熱で済んだんだ。余程のことが無ければもうあまり強い反動は起こらないのではないかと思っている。

 それに、思い返してみればモニカの目の治療以来、鼻血は出してないんだよね。個人的には鼻血とひどい頭痛が一番、重症感があって不安になります。詳細は不明だが。

 つらつらと説明をする間、二人の表情は安堵を宿して明るくなっていたけれど、ふと、何かに思い至った様子のラターシャは、きゅっと眉を真ん中に寄せた。顰めっ面も美人で可愛いなこの子は。今言ったら間違いなく怒られるから飲み込む。

「……でもアキラちゃんだから、出来ることが増えたら更なる無茶をしそうな気もする」

「えぇ~?」

 思いがけない指摘を受けた。私は首を傾けるけれど、ルーイとラターシャは少し視線を交わしてから苦笑を零す。どうやら二人の意見は一致しているらしい。

 おかしいなぁ。私もしんどいことや痛いことは嫌だと思っているし、わざわざそちらに向かうような行動はしたくない。だけど私がそう伝えても、二人は安心した顔は見せてくれない。なるほど、信頼が無い。

「うーん、でも心配されていることは分かりました。気を付けます」

「はい。そうしてください」

 私に倣うようにラターシャが丁寧に返したので、ちょっと笑いながら、深く頷いた。ルーイも嬉しそうに笑う。この笑顔が途切れぬように本当に気を付けなくちゃいけないな。

 さて、この件とは異なるが。

 私達の帰りを待つ三人へ、今日は何のお土産を持って帰ろうか?

 優しい子達はそんな話題も大好きで、お持ち帰り可能なメニューを開くなり頬を上気させて楽しそうに議論を始める。私はそんな可愛い子達の議論を背景音楽に、美味しいコーヒーをのんびりと傾けることにした。

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