第569話

 色々と確認を進め、未確認の道具が残すところあと二つになった時。その内の一つである金槌を手に取ったナディアは、作業台の上に視線を滑らせ、何かを探していた。

「釘は?」

「ああ、それはこの箱の中」

 そうそう。小さい釘も必要なんだよね。これは道具というか消耗品。でもこれも魔物の革に刺さってくれないと困るものである。しかし消耗品……つまり数が多いものに対して一つ一つの魔力付与は辛すぎる。よって、一時的に魔力を帯びさせる為の箱に入れた。これに入れておけば取り出して数分の間だけ魔力を持ち、魔物の革にも刺さる。うん、応用したら魔物戦の武器に出来そう。矢とかに魔力を付与……今は考えなくて良いか。

 何にせよこれが一番難しかったと言うか、『一時的に帯びさせる』という発想の転換までに時間を掛けて今日まで掛かってしまったのである。発想すればすぐだったんだけどなぁ。少し悔しい。

 ナディアは納得すると一本だけ取り出して革にトントンと差し込んでいた。軽く頷いてくれたので、これも問題なさそう。良かった。

「あと、引っ張って伸ばすのは、その金槌と、金属棒で何とか工夫をお願いしたく……」

 ぎゅーって引っ張って少しだけ革の一部を伸ばす作業もある。靴の型に沿わせる為に。

 魔物の革は普通に引っ張っても伸びないので、今ナディアが持っている金槌、または最後の一つの道具である金属棒を使ってもらう予定。触れた部分が、一時的にすこ~し柔らかくなるように極々微量な魔力付与をした。こればかりは伸び過ぎるとダメだと言われた為、凄く頑張って調整したつもりだ。二度とやりたくない。だからさっきのハサミの微調整を全力回避した私である。微調整、本当に大変なんだよ。

「……良いわね、これくらいなら、私の力加減で調整できそう」

「良かった!」

 一番ほっとしたかも。あからさまに喜びの声が出た。またナディアが小さく笑った気配がした。

「道具はこれで全部だよね?」

「ええ。魔力付与が必要なものは。あとは、道具というか……足の木型」

「あー」

 私も制作の知識だけはあるので、それも要るねぇと頷く。足の形をした木製のやつ。それに沿わせるようにして靴は作られる。

「カンナとあなたの足を測定して、木材加工ね。一から私がやると時間が掛かり過ぎるから、最初の工程はほとんどあなたに頼むと思うけれど」

「うん、勿論。指示してくれたら、その通りに加工するよ」

 後日その作業に取り掛かることを約束した。つまり今日の作業は、これでおしまいかな。そう思ったんだけど。

「……カンナを今日測定するのは悪いわね、休日だし」

「はは」

 気持ち的には早速、測定がしたかったようだ。

 でもこの靴は『侍女』としての彼女に用意するものだから、確かに、測定などで拘束するのも仕事の内である。

 どちらにせよもうちょっとしたら夕食時間だから、今日の作業はこれくらいで良いんじゃないかな。ナディアも今日は沢山作業していたからね。そう宥めてみると「あなたには言われたくないわ」と、反撃不可の小言を頂いた。仰る通りです。

 そして夕食後。

 私とナディアはお出掛けです。カンナがお休みなので、今夜は自分で上着を手にして振り返ると、ナディアはもっこもこの上着を羽織っていた。可愛い。何かの妖精みたいになった。今日は雨のせいで少し寒いもんね。

「じゃあ行ってきます~」

 女の子達に見送られながら出発。雨はまだまだ止む気配が無い。

「ナディ、もうちょっと近くに来て」

 相合傘をしたいんだが、ナディアが遠い。濡れちゃいますので引っ付いて下さいな。今は未だアパートの軒先なので濡れないけども。しかしナディアは目を細めて、その場から動かない。

「傘なら私も持っているのだけど」

「そんな」

 相合傘は!? デートなんだから傘は一本だけあったら良くない!?

 愕然としている私を余所に、ナディアは自分の傘を開いてしまった。つまるところ拒絶である。悲しい。でもこんなところにいつまでも留まっていたら冷えてしまうね。仕方ない。私は悲しみに暮れながらも、孤独に一人で傘に収まった。

「今日は宿で飲んでもいい? 何度も移動すると、濡れてしまうだろうし」

「そうね、私もその方が良いわ」

 良かった。と、そのまま真っ直ぐ、寄り道もせずに目当ての宿まで移動した。でも宿の玄関を潜った時、ナディアが軽く私の袖を引いた。可愛い子よ何でしょう。

「おつまみはいいの?」

「ああ。それはナディを部屋に送った後で買ってくるよ」

 私の言葉にナディアが何か言いたげな顔をしたのにも気付かず、チェックインを済ませて部屋に向かう。無事に部屋も取れて良かった。一見すればいつも通りのジオレンだが、まだ旅行者は残っているかもしれないと少し懸念していたから。

「あー、ちょっと濡れちゃったか」

「久しぶりに酷い雨ね」

「本当に」

 部屋に到着して互いの服を確認。酷い雨だと傘を差していても足元とかがどうしても濡れてしまう。ナディアは長い髪も端が一部濡れていた。

 街中に居てこれだけ強い雨に見舞われるのは久しぶりだ。この国、局所的にドバーっと降っている気がする。山とか森が顕著だね。平地は定期的にパラパラ降る程度だし、強く降っても短い時間が多い。此処ジオレンは平地にある街なので、この街に来て初めてこんなに強い雨に降られている。

「ナディ、身体を冷やさないように先にお風呂を済ませちゃって。お湯を用意するから」

「あなたは?」

「どうせまた濡れるから、私は戻ってから」

 至極当然の考えだと思うんだけど、ナディアは小さな溜息を吐いた。

「風邪を引かないように、なるべく早く戻ってね」

 早く戻ってほしいという後半の言葉が妙に嬉しくて一瞬、前半が飛んだ。違うな、前半が大事だな? 賢い私はちゃんと察したぞ。

「そうだね、ナディの髪を乾か――」

「じゃなくて。あなたが」

「あ、あぁ」

 違いました。髪を早く乾かしてあげないとナディアが風邪を引いちゃう! という推察をしたが大いに違った。即座に訂正を受けた。私か。私ね。そういえば元々ナディアはこの長い髪をタオルドライで乾かすのも慣れているし、私の風魔法は要らないってしょっちゅう言われているんだった。

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