第568話

 みんなから心配そうな視線が集まると、少し参ってしまう。何も不調は出ていないし、原因もさっぱり分からなくて解決のしようがないせいだ。

「うーん、自覚は無いなぁ。何でだろうねぇ」

 出来る限り呑気な笑顔と声でそう言ってみるけれど、みんなの表情は変わらない。本当にどうしよう。

 カンナはそんな私をじっと見上げながら、眉を微かに下げる。

「身体の温まる煎じ薬をご用意いたしますか?」

 煎じ薬とは、生薬を煮出した飲み薬のことだ。紅茶を含めハーブティーにも精通しているカンナらしい発想だし、今の私には実際、よく効きそうだとも思う。だけど、今日の彼女にそれをお願いするのは気が引けた。

「今日の君はお休みだよ、私のお世話はしなくていいよ」

「……これは、同居人としての行いです」

 そう言われちゃうと、何にも言えなくなっちゃうね。だって女の子達も沢山、私のお世話は焼いてくれているし、ナディアにもお薬の用意をしてもらったことがある。

「でも、今日はいいや。そのまま寝ちゃって、起きられなくなりそうだから」

「私なら別に、明日以降で構わないのよ」

 ナディアが渋い顔をしていた。この後の予定はナディアに道具の試用をしてもらうこと。それから夜は一緒にお出掛けすること。多分、ナディアは両方を指してそう言ってくれているんだと思う。

「私は大丈夫だよ、本当に、具合は悪くないから」

「気持ちは?」

 ラターシャが容赦のない問い掛けをしてきて、思わず眉を寄せてしまった。勿論、不愉快って意味ではなくて、困った意味で。

「悪くはないよ。ちょっと、雨の音がして、落ち着かないけど」

「……本当にしんどい時は、我慢しないで言ってほしいって、みんな思ってるんだからね」

「うん。ありがとう」

 本当に無理はしていない。そわそわはしてる。でもそれだけだから、そんなに気遣ってくれる必要はないんだよ。伝われと念じながらそう説明するも、優しいみんなはやっぱり心配な目で私を見つめていた。降参。どうしても、払拭してあげられなさそう。

 内心で項垂れているとその横で、ルーイがカンナに「アキラちゃんは雨が嫌いなの。雨の日はしょんぼりするの」と補足していた。説明の仕方があまりにも可愛いんだよな。

「まあ今日は一日、一番厳しい見張りが居るから大丈夫だよ。ねえ、ナディ」

 この後の工作部屋の作業も、夜も、ナディアとずっと一緒です。ナディアはちょっと複雑そうな顔をしながら、返事の代わりに小さな溜息を零していた。

 ではそろそろ、工作部屋に行こうか。ということでナディアと連れ立って移動する。新しく淹れてもらったコーヒーを両手で大事に持っている。誰かに淹れてもらうの、嬉しいよねぇ。朝昼晩の調理担当をしているからか、調理後のお片付けだけでなくこういう飲み物もみんながよく私に淹れてくれる。実家に居た頃は家政婦さん達が当たり前にしてくれていた。でも一人暮らしをしてからは、一層ありがたみが分かったよね。

 それに、この一杯は、やや甘めでミルク入りだった。大丈夫と伝えても、みんなは私が心配らしい。そして実際、甘いコーヒーが今の私にとっては丁度良く、心が少し落ち着いた。

「さて、まずはハサミかな」

「端切れになりそうなところで試してみればいいわね」

「うん、分かる?」

 私の無茶な問い掛けにナディアは事もなげに頷いた。

 ぼんやりとした型紙がもう頭の中にあるらしい。正確なサイズは測定後に決まるものの、それを加味しても『絶対に余る位置』が分かるとか。圧倒的な経験値の違いである。しかしナディアはそういう英才教育を受けていたようなもんだよな。物心付く頃から靴と服の工房みたいなところに居たんだから。

「こっ、……」

 スッとハサミを入れた瞬間、ナディアが変な声を上げて止まった。「こ?」と首を傾けたけれど無視され、少しの静止の後で再びハサミを動かす。すんなりと魔物の革が切れているように見える。何か違和感があっただろうか。

 意味も無く腕を組みながらじっと隣で見学する。とりあえずそのまま、真っ直ぐに切ったり、曲線で切ったりするナディアの動きを見守った。

「切れすぎよ」

「あ、そっち」

 わはは。それでびっくりしたんだね。さっきは「これは切れすぎ」って言い掛けたのかな。

 ちなみにハサミは、ナディアが愛用していたものと同じ大きさと形状のものを新しく買った。ナディアが既に持っているものを加工しても良かったんだけど、それだと私が加工している間は使えなくなっちゃうし、万が一悪くしちゃっても申し訳ない。そういうことで結局、全て新調した道具だ。

「普通の布や革も切れるのよね?」

「うん、両用のつもり」

「なら、魔物以外の革も持ってないかしら? 比べてみたいわ」

「あるよー」

 普通の獣のなめし革と共に、一応、厚手の布も取り出した。

 好きに切ってもらって良いと差し出せば、ナディアが控え目に、どちらも端っこだけをチョンと切る。今回はそれだけですぐにハサミを離した。

「……元の切れ味もかなり良いわね。でも、魔物の革だと二段階くらいよく切れるわ。むしろ刃が当たる前に切れ始めてる気がする」

「あら~」

 回路の微調整をミスったのかも。内容は全ての道具で同じだが、力の強さを調整する為に一部の回路の『太さ』を調整している。何処かが太すぎて魔力が勢いよく流れ、切れ味に影響が出過ぎているかな。うーむ。

「扱いにくい?」

「いえ、慣れれば問題ないと思うわ。変なところが切れるわけじゃないから」

 それなら、出来たらこのままでお願いしたい。ナディアにはちょっと負担を掛けてしまうかもしれないけど、私は細かい調整が苦手だ。切れ味を落とそうとすると今度は切れなくしてしまいそう。頼み込むように両手を合わせたら、微かに笑ってナディアが頷いた。今、何か面白かったかな……。

 それからハサミ以外にも、穴を開けるやつとか、縫う為の針とか、革包丁などの道具の数々、この革を加工する為に必要なもの全てに魔力付与をしたので、ナディアは慎重に一つずつ確認をしてくれた。先程ハサミで丸く切り取られた物体が更に小さく刻まれていく。なるほど、上手な再利用だなと思った。

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