第567話
その後ナディアは『嘘』のタグを付けたままで何事も無かったかのようにくるりと身を翻し、ミシンの方へと戻った。それと入れ替わるように、リコットが私の方にする~っと歩いてくる。
「ん? どうかした?」
「何にも~。アキラちゃんの顔見に来ただけ」
「あはは」
嬉しい理由だなぁ。ニコニコしながら傍に来てくれたリコットの腰に腕を回した時、ふとナディアがこちらを振り返った。
「リコット、ついでに」
「はーい?」
私の首に軽く腕を回した状態で、呼ばれたリコットが彼女の方を振り返る。こんな状態でもリコットはナディアが優先なんだよね。知ってる。可愛い。
「アキラの体温が低い気がするの。確認してくれる?」
「ありゃ。分かった」
姉妹は今日も仲良しだな~と思っていたら、急に私の話になった。びっくりした。そして私の方へ向き直ったリコットが、両手を私の頬に添えた。
「あ~、本当だ。ちょっと低いね……しんどくない?」
「え、全然、ふつう」
「そう?」
リコットは笑みのままでちょっと眉を下げた。えぇ。でも本当に、そんなの何も分からない。いつも通りなんですが。っていうか、もしかしてさっきのナディアのキスは、体温を測ったのかな。一瞬思考がそっちに向いた隙に、改めて私の首に腕を回したリコットがぐっと身を屈めた。
「温めてあげよっか」
耳元に囁くように、甘く告げられる。ドキッと胸が高鳴り、期待を膨らませたけど。同じ部屋に今ナディアが居るのを忘れていた。私達の間に、大きな溜息が一つ入り込む。
「リコット」
「あはは。ダメだってさ~」
この結果は元より分かっていたんだろう。リコットはあっさりと腕を解いて身を起こしてしまった。そんなぁ。でも一瞬ドキッとしただけで、やや体温は上がった気がします。
「ストール持ってきてあげる。少し温かくした方がいいよ」
そう言うと、リコットは私の頬に軽くキスをした。嬉しい。
ナディアの時は最初にびっくりしちゃったけど。この短い間に二人の可愛い子達から、ちゅーしてもらった。ぽかぽかします。
モテ期ってやつかな。違うね。
もう温かいから別にストールとか無くても良い気がするんだけど。一度部屋を出たリコットは、彼女がいつも使っているストールを持ってきて、丁寧に私の肩へと掛けてくれた。貸してくれるみたい。彼女の香水の匂いが微かにします。
「寒気とかあるようなら、横になった方がいいと思うよ。本当に平気?」
「うん、大丈夫。ありがとうリコ」
むしろ心がぽかぽかしていてもう体温は上昇したのではないかと思う。自覚症状も何も無いし、大丈夫だろう。
でも改めてタグで確認するも、体温は全く上昇しておらず、平熱から一度近く低い値が表示されていた。なんでだ。分からん。
その後リコットは本当に何の用も無かったらしくて、何をするでもなくあっさり部屋を出て行った。何の為に私の顔を見に来たのかも全く不明である。まあいいか。ナディアが淹れてくれたコーヒーを飲み、身体を温める。ふう、落ち着くね。
少し安堵を得た私は、改めて目の前の作業に集中することにした。
次にその集中が途切れたのは、何処か窺うような、控え目なナディアの「アキラ」という呼び掛けだ。
声での返事をせずにのんびりと顔を上げる。ナディアと目が合った。
「邪魔をしてごめんなさい、私の方の手が空いたから、また時間のある時に道具を見せてくれる?」
「あー、うん、えーと。今ちょっと手が離せないから……後で呼ぶよ」
「ええ」
私が分解していたミシンはもう完全に部品の状態と成り果てており、私の手で綺麗に仕分けされている。仕組みは理解できたので、この部品を元に一から組み立てることも出来るはずだ。私の理解した内容が間違っていなければ、だけど。
とにかく今はその内容を元に、魔道具化する為の構想を練っていたところだった。
早めにキリを付けて、ナディア用に加工した道具の確認をしよう。
そう思った時。雨の音が聞こえた。小雨ではなく、どうやらいつの間にかしっかりと降り始めてしまったようだ。
……嫌だな。
湧き上がった気持ちを振り払うように首を振って、慌てて作業を再開した。
「ナディ、おまたせ~。と言いつつ。もうちょっと待ってね、トイレ行って、コーヒーを淹れてから……」
「コーヒーなら淹れておくわ。みんなは?」
「じゃあ、私も」
「私もー」
またナディアがお代わりを淹れてくれるそうです。ありがたい。
ちなみにカンナも今日はコーヒーを飲んでいた。コーヒーも飲むんだね? 驚いてじっと見つめれば、私の視線に気付いたカンナが目を瞬いた。
「お茶を淹れるとなると、どうしても拘ってしまうので」
「はは、なるほど」
だから簡単に済ませたい時はコーヒーにすることが多いらしい。お茶は好きだからこそ、簡単にササッとは済ませられないんだね。可愛いね。
ニコニコしながら留まっていたら早くトイレに行けとラターシャに促されたので、そうでしたとトイレに向かった。昼食からぶっ通しで工作部屋に居たが、一度も部屋から出なかった為に久しぶりのトイレです。健康に悪い。
「……アキラ様」
「うん?」
トイレから出てコーヒーを受け取りに向かう途中、カンナが私を呼んだ。今日は女の子達によく呼ばれる日だなぁ。緩んだ顔で振り返ったが、カンナはどうしてか少し、悲しそうな目をしている。
「体調が優れませんか? 体温がやや低いようですが」
「おや」
そっか、カンナは測定魔法が使えるんだった。
触れれば正確に体温を測ってしまうリコットも居るし、こりゃ一層、隠し事が難しくなるね。しかし今回は全く意図した隠し事ではない。改めて私も自分の体温を確認する。さっきとあまり変わっていなかった。ストールを掛けていたとか、時間が経ったとかじゃ、体温は上がってくれなかったようだ。
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