第564話
しかしお仕事一筋のカンナも、年に一度は必ず何がしかの社交界に参加するそうだ。
春になると貴族らは社交界シーズンとなって、多くが王都付近に集まる。三か月ほどの間、各地で社交界が開かれる。中でも王族主催のものは、流石に不参加の返事を容易く出せはしないそうだ。
ただし当然、王族主催の場合は王宮が開催場所となるので、招待客らをもてなす王宮侍女らが必要だ。そうなると侍女の貴族令嬢らは参加が不可能というジレンマが発生する。その辺りは、持ち回りとすることで調整しているらしい。だからカンナはその席に出られない場合、代わりに何処か他の大きめの舞踏会に顔を出して、バランスを取っていたとのこと。
うーん、だけどお父さんと二年近く会っていなかったことを思えば、両親が参加しているはずの王家主催の場に、しばらくカンナは出ていなかったんだな。裏方に回ると言ってもホールに入るとは限らないし、盛大に擦れ違っていたと思われる。可哀相。
しかし難しいよねぇ、貴族様の社交。
クラウディアも言っていたけれど、遊ぶだけの社交界じゃない。貴族という身分に生まれたからには、なかなか雑に扱えないし、不参加を貫くことも難しい。まあ、その辺りは私も分からなくはないな。パーティーの出欠は両親が色んな社会的意味を含めて決めることなので、私の判断ではどうにも出来なかったし。
というか、春が社交界シーズンになるなら、その頃にはカンナを一定期間、王都へ帰してあげなきゃいけないかもしれないな。長期休暇はカンナが嫌がりそうだけど、やっぱりカンナの貴族としての立場を下手に揺るがせるわけにはいかないからなぁ。
「春についてはまた、近くなったら相談しようか。招待状が届き始めるのはいつ頃?」
そう問うと、カンナはくりっと目を丸めて私を見つめた。可愛いので一旦、抱き締めても良いだろうか。ぴくりと私の身体が揺れた瞬間、ナディアが呆れた視線を向けてきた。何故バレたんだろう。私はカンナを抱き締めることは諦めて静止した。
「いえ、今年は辞退させて頂けることになっております。ただ、来年以降はまだ分かりませんので……またそちらは分かり次第、ご相談させて下さい」
「おお、勿論。っていうか今年はいいんだ?」
どうやって獲得したんだろうその権利。目を丸めている私を見つめてカンナが一瞬沈黙したのは、笑いそうなのを堪えたようにも見えた。表情こそ笑わないけど、カンナって面白い時は面白いってちゃんと思っているみたいなんだよね。私と一緒にラターシャを揶揄った時とかさ。
「今年については、王女殿下が誤魔化して下さるとのことです」
「あはは、それは心強いね」
なるほど。王族の中ではクラウディアが最も社交界で力があるようだから、その助力は絶大だ。
私の侍女として任命されて早々に私の傍を離れるべきではない、と言われたらしい。しかし私が救世主として広く発表されていないから、『救世主付きの侍女になった』とは言えない。代わりに『王族から直々に任を受けてこの地を離れている』とクラウディアの口から説明する予定だとか。彼女がそう言えばおそらくすぐにその噂が広がって、不在に悪い噂を立てる者は居ないだろう。クラウディア、怖いからね。
何にせよ、貴族社会に疎い私の代わりに先んじてそこまで考えておいてくれて助かる。多分、クラウディアは社交について厳しいからその辺りも気を回してくれたんだね。ありがたい。ちなみに王様達は私と同じく気付いていなかったと思う。
「何にせよ、カンナは誕生日の日も、春も傍に居てくれるってことだ」
カンナは私の言葉に目を瞬いた後、「はい」と静かに頷いた。うん、嬉しい。
「誕生日会はこの部屋で開く予定だからね」
「……ありがとうございます」
恐縮しちゃって一瞬黙るのが可愛いねぇ。今日のカンナは侍女様じゃないから、可愛いって気持ちそのままに頭をよしよしと撫でたら、ナディアが目を細めた。まさか妹達だけじゃなくカンナまで触ったら怒られるとは思わないよ。長女様はカンナが加わっても長女様でした。
これ以上怒られぬようにとそっとカンナから離れた私は、また改めて窓の前に立つ。
アパート前の道はいつもより人が多くて、みんな何かしら腕に抱えていたり、食べ歩きをしていたりする。本当にお祭りなんだなぁ。
祈りを捧げるのは午前だけって言ってたし、明日か明後日の午後は、私もぷらっと様子を見に行ってみるか。祈りさえ聞かなければただの祭りに見えるかもしれない。
……でもまあ、今日はいいや。
窓から離れて部屋の方を向いたら、ナディアと目が合った。すぐに逸らされたけど、外を見ている私を心配してくれたみたい。傍を通る時についでにナディアもよしよし撫でておいた。いつも通り、猫耳がうざったそうに震えた。しかしその動きが私から見れば可愛いことこの上ないので逆効果です。もう一回撫でようかな。いや、殴られそうだからやめておこう。
「アキラ様」
「はいはい?」
工作部屋に向かおうとしたら、カンナが呼び止めてきた。ただ呼ばれるだけでも嬉しい私は喜びのあまり勢いよく振り返りそうになったが、今はコーヒーを持っている。危ない。両手でマグカップを大事に持ちながら、改めてゆっくりと振り返る。目が合ったカンナは私のおかしな挙動に呆れた顔をすることはなかった。
「新しい茶葉の試飲をする為に、しばらくこちらのテーブルを使っても宜しいでしょうか?」
むしろ、きらきらの目をしていた。可愛い。今日のお出掛けでは新しい茶葉を仕入れてきたんだね。午前なかなか帰ってこなかったのはそのせいかもな。
「うん、夕食準備するまでの時間なら好きにしたら良いよ」
「ありがとうございます」
テーブルなんて勝手に使えばいいのに――とも思ったけど。あの聞き方はおそらく『一角を使う』のではなくて占領したいんだろう。良いんじゃないかな。みんながコーヒーを淹れるくらいなら、キッチン側の調理スペースだけで間に合っているからね。
その後、私が工作部屋に入ってしばらく。いつの間にか、部屋には微かなお茶の香りが入り込んでいた。顔を上げると、丁度そのタイミングでナディアが工作部屋に入ってきて、目が合った。
「どうしたの?」
「カンナの分を作ろうと思って」
「ああ」
そういえば、カンナのエプロンがまだだったか。先に私の分を作ってくれたのは意外だったけれど、私を優先してくれたわけじゃなく、カンナが不在だったから目の届く範囲に居るマネキンを使ったみたいな感覚なんだろうな。
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