第562話

 改めて話そうと思って振り返ると、既にカンナは私からの説明を待つようにじっと此方を見つめていた。うーん、可愛い。

「私がフォスター家に攫われた時、一緒に馬車に乗せられた被害者の一人で、冒険者なんだ。子爵家出身の、元貴族なんだって」

 フォスター家の騒動についてはカンナも聞き及んでいるそうだから、詳細の説明を省く。カンナもその部分に疑問を呈すことは無かった。

 ちなみにデオンが子爵家の出身とは聞いたが、かつてのご家名は知らない。あと知っているのは、彼自身の年齢くらいだね。でもその二点を聞いただけでカンナは確信めいた顔で頷く。

「おそらくそれは、ジェンキンス家の三番目の御令息ですね」

「ああ、やっぱり分かるんだ」

 私は笑ったが、女の子達は目を丸めて「知り合い?」と少し驚いた様子で尋ねている。カンナはそれに、緩く首を傾けた。

「社交界で何度かご挨拶させて頂いたことはありますが、特別な関わりはございません」

 つまりお互いに名前と顔を知っているだけなので、知り合いの内に入るかも微妙な間柄なわけだ。どちらにとっても『大勢の一人』でしかないのだろう。

「ただ、子爵家から市井に下り、冒険者となった二十六歳の男性、名がデオン様となると、該当はお一人になると思います」

 身分を自分から捨てるって、そうそうあることではないだろうからね。「なるほど~」と感心した様子で呟く女の子達に、私はからからと笑った。

「デオンさん、社交界で超モテそう」

「確かに」

 それは私も同意するよ。子爵家の三男ってそんなに強い肩書ではないだろうが、イケメンで逞しい身体付き、且つ礼儀正しくて優しいってなると、女性らは放っておかないだろうね。カンナも記憶を探るように短く沈黙してから、頷いた。

「人気のある御方だったと思います。当時はあまり存じておりませんでしたが、家をお出になったという話は広く御令嬢らの間で話題になりました。惜しむ声だったと記憶しています」

「あー」

 貴族と平民の結婚はタブーのようだからね。彼が平民となった時点で、彼を夫にすることは出来なくなる。どうしても結婚したければ自分も同じく身分を捨てることになるので、そこまでして彼を追う覚悟は、御令嬢らには難しかったのかもしれない。

「カンナにも今度、デオンを紹介するよ。顔見知りだろうけど、私の侍女として、改めてね」

「はい、ありがとうございます」

 そうしておきたい理由は礼儀よりも私の身勝手な事情によるものだが、まあ、その説明は会わせた後でも良いかな。

「お、これは加工までしてくれてる。親切って言うか、やや過剰だけど。まあいいか」

 デオンの気がそれで済むなら、受けておこう。色々借りとか貸しとか気にしていたからなぁ。そんなことを一人でぶつぶつ呟きながら私は工作部屋に荷物を運んだ。

 そしてそのまま部屋に居座って一つずつ確認していると、カンナが出掛けると報告しに来た。休みなんだから好きに行っても構わないのに、礼儀正しい。でも私も「いってらっしゃい」を言えるのは嬉しいので、これについてはこのままでいいか。

 リコットと子供達は、もうちょっと休憩してからにするみたい。ナディアに街の様子を楽しそうに話していた。可愛い。ナディアも柔らかい相槌で聞いていますね。お姉ちゃんだね。

 ちなみに大聖堂側の混雑はやはり相当のものだったようで、三人も流石に遠目に見るだけで避けてきたとのこと。怖いことが何も無くて良かった。

「あれ? アキラちゃんのそれ、ナディ姉が作ったやつ?」

「うん、そうだよ。可愛いよね~」

 デオンからの贈り物の仕分けが終わったので一度リビングに戻る。先程作ってもらったエプロンを身に着けていた為、リコットがすぐに気付いてそう言った。ついつい咄嗟に「可愛い」って自慢しそうになったが、作ったのはナディアである。

「そういえばアキラちゃん」

「んー?」

「カンナの誕生日、どっかお店予約するの?」

 珍しく当人だけが不在の状況なので、これ幸いと尋ねてきた。以前、外のお店を予約した時は全員をドレスアップさせた為、心の準備の為に聞いてきている気がする。私は少し笑いながら首を横に振った。

「いや、逆にホームパーティーにしようと思ってるよ。何処を予約しても、あの子には『贅沢』じゃないだろうからさ」

「それは……そうよね」

 王族だの侯爵だのって高い身分と関わっていて影が薄まっているかもしれないが、伯爵は充分に高位貴族である。カンナの生家は伯爵の中では力が弱い方だとは言っていて、それは事実のようだけど。それでも貴族社会全体で見ればやはりかなり高い位置だ。侍女部屋がトップ配置なんだからもうそこでお察しというもの。

 そんな伯爵家の出身、姉らとは年の離れた末娘。

 私達がジオレンで出来る程度の『贅沢』は、全て経験済みと見て間違いないだろう。

「っていうかむしろ、誕生日くらい実家に帰してあげるべきかも~と、思ったくらいでさ」

 親御さん、可愛いカンナの顔を誕生日にくらいは見たいのではないだろうか。もしかしたら贈り物も考えているかもしれない。うーん、御実家から此処まではかなり距離があるし、容易く贈り物って難しいけれど。それでも手紙くらいは受け取れるよう、此処の住所ならもう伝えていいんだよなぁ。帰って来たらその辺りも少し聞いてみようかな。

 私がそんなことを考えている横で、リコットが「あー」と呟いた。

「私らに帰る実家が無いからピンと来なかったなぁ。確かにそうかも」

「今までは、どうしていたのかしら」

 もっともな疑問である。既に王宮で働いていた時点で御実家からは離れて暮らしていたわけだし、その頃にどうしていたかで、今回どうしてあげるべきかを考える手助けになるかもしれない。しかし、私は何も知らない。再び首を振った。

「聞いてない。でも、この間カンナのお父さんが王様に呼び出されて王都に来たって時に、約二年振りに顔を合わせたって言ってた」

「全然帰ってなくて笑う」

「リコット……」

 容赦のない指摘にラターシャが苦笑いで制止しているが、まあ、そうだね、そういうことになるよね。

「この辺りは一応、聞いてみることにするけど。とにかくカンナのお誕生日会は、この家でやるつもりだよ。私の手料理だったら流石に『特別』でしょ?」

「ああ、なるほど!」

 私を救世主として「尊ぶべき方」と言うカンナだ。この私が、普段以上に腕によりを掛けて作った料理なら、何より『貴重』で『贅沢』のはず。

「……アキラは、それでいいの?」

「うん?」

 何処か悲しい声に応じて振り返れば、ナディアはすぐに私の目から逃れるように視線を落としてしまった。ただ、一瞬の間だけ私を見つめてきた瞳はやはり、悲しい色をしていたように見えた。

「私は正直、カンナが今もあなたを『救世主』として見ていることが、衝撃だったわ」

 ああ、そのことか。

 ナディアにとって、あれは飲み込めるような驚きではなかったようだ。ちゃんと向き合うべく、私は静かな動作で彼女の座る正面のソファに腰掛けた。

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