第561話
「もうすぐできるの?」
引き続きマネキン任務に徹しながら問い掛ける。一瞬の間を置いてから、ナディアが返事をくれた。邪魔したみたい。ごめんなさい。
「そうね、あと五分くらい」
「わーい」
ニコニコした。出来上がったら即行で使おうっと。
それから数秒後、もうマネキンは必要が無くなったらしく、ナディアが無言で私からエプロンを剥いだ。そして、手癖のように私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
なんだ今のは。撫でてもらったぞ。
目を瞬いて振り返るも、ナディアはもうミシンの前だった。今のマジでただの癖じゃないかな。撫でたことを本人が気付いてなさそう。
名残り惜しかったけど留まっていても「なによ」って言われるか存在に気付かれないかという結果になりそうなので、すごすごと元の席に戻った。
さて。私は一度諦めた作業を再開しよう。
加工したい魔物素材は全て同じ魔物の革なので、道具に入れるべき魔力回路も全て同じだ。ただ、道具はそれぞれ形状が異なる。同じものを入れる為にはそれなりに工夫が必要だったりする。
さっき悩んでいたやつはそれが問題。絶妙に形状が難しい。どの角度も不都合な形で回路が重なってしまうのだ。うーん。
回路を帯状に紐解くか。それを巻き付けるみたいに入れるなら、もう少し細かく位置が調整できて何とかなるかも。
新しい紙を取り出し、帯状に変化させた魔力回路を書き出した。あれ、なんか違う機能になってしまった。何故だ。あー、間違っているところがある。此処を直せば……よし、完璧。今度こそ変更できた。これを――。
「アキラ」
「ん?」
「エプロン、此処に置いておくから――」
「着ます! ください!」
勢いよく両手を上げたら、ナディアは何故か一度軽く俯いて、一秒後に顔を上げた。なんだよ。でも疑問を呈す前にエプロンが私の方へひょいと投げられたので、そちらに意識が向く。しっかりとキャッチして、即座にエプロンを着た。さっき試着した時より後ろの結び位置がちょっと上になっている。おお、腰の位置ジャストだ。この調整かぁ。すごく着心地が良いねぇ。プロだねぇ。つい先程の疑問はもう消えていた。
「ありがとう、大事に使うね」
改めて礼を言うと、ナディアは軽く私を振り返って、少しだけ目を細めた。彼女なりの笑みだったように思う。
その後、お昼前になると一度リコットと子供達が帰ってきた。
朝にお昼ご飯をどうするかって聞いたら、何処も混んでいるだろうから帰ってくるって全員宣言していたからね。しかし、それから三十分ほど経っても最後の一人が帰らない。
「カンナ遅いね」
「迷子になってないかな、ちょっと心配」
もう私はお昼を作り始めている。誰よりも率先して私のお手伝いをしたがる彼女が帰ってこないことに、みんながそわそわしていた。
守護石の反応は無いし、危険な目に遭っていないことだけは間違いない。探すべきか否か。予定を変更して外食にした可能性もゼロではないからなぁ。うーん、どうしようかなーと迷っていたら。ナディアの耳がぴくんと跳ねて、ドアの方を向いた。私の魔力感知にも引っ掛かった。でも扉が開くまでは、たっぷり十秒あった。
「……ただいま戻りました」
「おかえり、カンナ」
「遅くなって申し訳ございません、すぐにお手伝いします」
「ゆっくりでいいよ」
帰宅早々、上着を置いて手を洗いに急ぐカンナの背を見守りながら、みんなで苦笑した。真面目だなぁ。
「迷子にならなかった?」
「はい、ですが」
戻ってきて手伝いに加わるカンナに、ラターシャが問い掛ける。迷子は否定するけれど、何かはあったらしい。
「時間配分を見誤り、少し遠くまで行き過ぎました……」
「あはは、それで急いで帰ってきたんだね」
私がそう答えると、カンナはちょっと驚いた様子で此方を振り向いた。
「さっき、扉の前で服と髪を整えてたんでしょ?」
「……はい」
やや気恥ずかしそうに視線を下げるカンナが可愛い。ダッシュで帰ってきたから、髪が乱れたんだろう。御令嬢としては、そのまま扉を開けるのは恥ずかしかったんだろうな。
なお、ナディアが今ちょっと私を睨むように見つめている。折角カンナが隠したことを暴くべきではないと言われている気がする。耳のいいナディアにも、扉前でカンナがしばし立ち止まったことは分かっていただろうからね。
「ごめんごめん、暴こうってつもりじゃないよ。少しの乱れくらい、気にしないで良いよって意味。勿論、カンナがどうしても見られたくないなら、無理は言わない」
そう告げるとカンナは静かに頭を下げていた。今後どうするかは、特に問うまい。本人としてはもう同じ失敗をしないつもりでもあるだろうし。
「さて、丁度お昼も出来たよ、みんな運んで~」
揃っての昼食中に、さっきナディアには話したこと――『勝利の日の祝祭期間は禊なし』を告げておいた。みんなも納得してくれた。
そして昼食後のお片付けをみんなに任せて一人のんびりコーヒーを飲んでいた時。玄関の呼び鈴が鳴った。私が立ち上がると、ちょっと慌てた様子でカンナが振り返る。
「アキラ様」
「今日はお休みでしょ、大丈夫だよ」
侍女を差し置いて呼び鈴に応じる主人など普通は居ないだろうが、今日の侍女様は休暇中。つまり今日は全員同じ立場なので、昼食のお片付け中であるみんなじゃなくて、呑気に暇していた私が出るのだ。
「はーい」
「冒険者ギルドです。お届け物です」
「おー」
訪問者は、冒険者ギルド職員の青年だった。ギルド支部内で見た覚えもあるので身元も間違いない。言葉通り、何か包みを持っている。送り主はデオン、届け先はアキラ。うん、間違いなし。受け取りのサインをして、「ありがと~」と青年を見送った。
「お願いしてた魔物素材の一部だって」
包みに付いていた手紙に、手短にその内容が書いてあった。一部とは言ったが、三分の二ほどもう手に入れてくれたようだ。素早いねぇ。残りはまたすぐ取りに行ってくるとか。ちょっと休んですぐに行く勢いだな。もしかしたらもう既に街を出た後かもしれない。
「カンナにはまだデオンのことを話してなかったかな」
今後も定期的に接点がありそうなガロとヘレナについては話したが、デオンを忘れていた。彼こそ、カンナには早めに告げておくべきだったかもしれない。
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