第557話

 私達はそのまま元の話題には戻さず、軽い調子の雑談に移行して、程よく酔ったリコットが饒舌になった辺りで店を後にした。勿論、可愛いリコットの話の腰を折ることはしない。

「それでねぇ、ちょっと違うなーって思って」

「うんうん」

 店を出ると少し寒いが、先程のような強い風は無くなっていた。目当ての宿は徒歩十分弱の場所にあるから、最悪の場合は結界で風などを遮って向かおうと思っていたが。これならそのままでも凍えることなく辿り着けるだろう。

「自分だったらこう使いたいのに、とか、もうちょっとこうだったら良いのにとか、考えることが増えたの」

「なるほどね~」

 今はアクセサリー制作に興味を持った理由を語り聞かせてくれている。可愛い。

「ただ、それでもまだ自分で作るって考えは全く無くてさー」

「ほう」

 彼女の言葉に相槌を続けながら、到着した宿の受付で記帳と支払いを済ませる。隣で待つ彼女を引き寄せて、部屋に引き連れて行った。リコットは場所が変わっていることに気付いているのかもよく分からないペースでずっと喋っている。

「切っ掛けとかは何も覚えてないんだけど。ふと、『例えばこんな感じ』って絵を描いたの。そしたら急に、うわーって」

「いっぱいアイデアが出てきたの?」

「そう」

 表現方法が徐々に子供っぽくなって堪らないな。早く部屋に連れ込もう。

 手を引いて、少し早歩きしても。リコットはちょこちょこ私について歩きながら続きを話している。全くもう何なんだこの可愛い生き物は。

 部屋に入って扉を閉じると同時にぎゅっと強く身体を抱き締めれば、ほろ酔いのリコットが腕の中でふくふくと楽しそうに笑った。話を止めてしまったことを怒る様子も無くて。私が落とす口付けに応えてくれる。

 しかし。あんまり長くこんなことをしても冷えてしまう。程々で抑えて、腕を緩めた。

「早くお風呂済ませちゃおうか。お湯の用意するよ」

「うん。うーん、アキラちゃん、一緒に入ろ」

「え、いいの?」

 思わず弾んだ私の声に、リコットがまた楽しそうに笑って頷いてくれた。やったぁ! じゃあ大きめの桶を出そう!

 嬉々としてお風呂場に大きめの桶を出して、お湯を張った。よしじゃあリコットを呼びに行こうと振り返ったら、後ろの脱衣場でもう服を脱ぎ始めていた。早い。躊躇が無い。いや嬉しいんだけどね。

「私が先に洗っちゃうよ~。私の方が髪も長いし、時間掛かりそう」

 あら、それでちょっと急いでくれたのかな?

「分かった。ゆっくりでいいよ」

 そう告げたら私は半裸のリコットに軽く口付けだけをして、一度お風呂場から出る。着替えの用意と、ベッドの浄化をしておこう。今日は諸事情によりいつもよりワンランク、いやツーランクほど価格の高い綺麗な宿なんだけど、これはいつも行う念の為の処理である。すぐに終わったので暇ですが、十分ほど待ったらリコットに呼ばれた。

「あと身体だけ。もう入って良いよ」

「は~い」

 私もさっさと服を脱いで洗い場に入り込む。私が大きな桶を置いたせいでやや狭いけど、入れないこともない。リコットに水飛沫みずしぶきを掛けてしまわぬよう、慎重に髪を流す。せっせと洗って私が髪を泡にした頃に、リコットは身体を洗い終えて桶に入ろうとして、「あ」と言った。

「私が入ったら、汲み上げ……」

「あー」

 汲み上げと兼用しちゃだめだね。綺麗に身体を洗った後のリコットが入ってすぐに汚れるとは思わないが、リコットも微妙な気持ちになるだろう。

「もう一個、汲み上げ用に小さいのを出すよ、入っちゃって」

「了解~、ありがと」

 リコットが桶の方に行って空いたスペースに、小さめの桶を置いて、そこにまた新しいお湯を溜めた。

「何にも考えてなかったや~。ありがと、リコ」

「いや、私も今まで気付かなかったから」

 一緒に湯船に浸かることしか頭に無かった。度々何か抜け落ちる私である。これが「変なところ足りてない」と言われる所以なのだろうか。

 まあ、いっか。今回は失敗する前だったので! 髪と身体を素早く洗い、私も追うようにして湯船に入った。

「わ、意外と狭い……」

 細い身体を更にきゅっと縮めてそう言うリコットが可愛い。流石に大きめの桶でも並んで入ると狭いよね。一度身体を沈めた後で、彼女の方に腕を伸ばす。

「私のお膝においで、リコ」

「えー。えっち~」

「何もしませんって」

 非難の声と言うよりは揶揄からかうみたいな口調のリコットに、私も笑った。

 こんなところで何もしないが、上に乗ってもらった方が、お互い少し足が伸ばせるだろう。結局リコットからそれ以上の文句は無く、ひょいと私の上に乗った。そして身体を私の方に凭れさせると、流れるような動作で唇にキスをくれる。

 お風呂に入って少し上気している頬のせいか、見下ろしてくる瞳が熱を帯びているように見えてぞくぞくした。

「気分悪くはなってないかな?」

「ふふ。平気だよ~」

 誤魔化すつもりで違う話題を振ったのもどうやら気付かれているみたいだ。リコットは楽しそうにくすくすと笑っている。

「アキラちゃん、そういえばお風呂で『したい』って言ったこと無いね?」

「うーん、思わないからね」

 落ち着かないじゃん。女の子が上せてしまわないかなとか、身体は痛くないかなとか、こっちに動いたら何処かぶつけてしまいそうだなとか、色んなことが心配で集中できない。あとなんか水が邪魔。私達の間に入ってくるな。

 私がそのようなことをつらつらと説明する間、ずっとリコットが堪らない様子で身体を震わせて笑っている。私は至って真剣だが。でもリコットには「だから余計に面白い」って言われた。せない。

「じゃあお風呂は本当に、一緒に入りたいだけ?」

「そう。可愛い子の肌を眺めながら入りたいだけ」

「あはは、そう言われるとアキラちゃんらしいかな」

 それもどういう意味だ。良くない意味だということしか分からないな。

 しかしこれだけ密着していて触らないのも健康に悪いので、勿論私の健康だけの話だが、結局ちょっと触らせてもらいました。ちょっとだけね。あんまりリコットの体温を上げると、酔っているのも相まって怖いからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る