第556話

 ラターシャは透き通っていると思うくらい真っ新な心をしていて、そういう一面が見える度に愛おしさが増す。そしてその心が、私達との生活の中で少しずつ色を持ち、人族の生活に慣れて変わっていく。その様子を見るのも、彼女の成長を間近で見せてもらえているようで嬉しい。

「あとね、『ばか』って怒られるの、実はちょっと好きなんだ」

「知ってるよ。いつもアキラちゃんの顔フニャフニャになるもん。ラターシャ以外は全員が知ってる」

「そんな……」

 隠せていると思っていたのに。まあ本人にバレていないならいいか。内緒だよって言ったら、リコットは「はいはい」って笑ってた。

「次ルーイね~」

「はい」

 当たり前のように続けさせられているが、可愛い女の子達の魅力を語るというのは全く苦では無い。

「自分の可愛さをよく知っているところが最高に可愛いよね」

「アキラちゃんの好みってちょっと斜めなんだよね~。分かるけどさ」

 リコットも分かってくれるなら、そんなに斜めじゃないと思う!

 さておき。ルーイはみんなから甘やかされても快く受け入れるし、受け入れることがみんなにとっての喜びだということもよく分かっている。自分が可愛いことも、みんなから可愛いと思われていることもちゃんと理解していて、だけど嫌味なところは全く無くて、愛情を嬉しいって顔をしてくれる。とても賢くて優しくて可愛い。

「あと歩き方が好き。ちょんちょんしてる」

「分かる~~~」

 他のみんなはルーイより背が高いから、迷惑にならないように早く歩こうと思っているのかもしれないが、何にせよ歩く時いつもちょっと弾むんだあの子。それが堪らなく可愛いんだよね。

 それから、彼女は時折、『みんなから見える自分』と『それとは違う自分』の間で迷う顔を見せる。いじらしい。

「どんなルーイも可愛いんだよって、早く分かって伸び伸びしてほしいね」

「ふふ、そうだね」

 悩んでいるところも、愛らしいけどね。彼女もラターシャ同様、そういう迷いや戸惑い、無垢な一面を少しずつ変化させて成長していく姿を、見守ることができる幸せがある。これは、私よりも長くあの子と一緒に居て、ずっと大切にしていたリコットとナディアの方が分かるのだろう。噛み締めるみたいに頷いていた。

「本当、突いたらいっぱい出るね。アキラちゃんらしいや。……あ、それそろお代わりいる?」

「最後、リコはねぇ」

「それは突いてない」

 いや~。なんか順番がおかしいなって思ったんだよね。

 自分を最後に持ってくるリコットじゃないから、このままいくと自分のことは尋ねないのかもしれないってさ。苦笑いしている彼女に、私は殊更にっこりと微笑みを向ける。

「表には出さないけど、繊細なところ」

「アキラちゃん」

 困った顔をしているんだけど、うーん。もうちょっと喋る。

「慎重で、ちょっと臆病で。こんなに可愛くて性格も良いのに、なーんでかあんまり自信が無くって、そういう」

「待って、待って!」

 ちょっと強めに止められたので、少し迷ったが仕方なく口を噤む。リコットは顰めっ面になっていた。頬が少し赤い。あら~可愛いねぇ。

「まだ始まってもいないのに」

「いや何個かあがった! もう終わり!」

 そう言ってリコットがメニュー表を突き出してくる。空いたグラスに視線も向けられた。お代わりを頼めということか。

「ふむ。仕方ない。続きは後で」

「一時中断じゃなくてさ……」

 リコットが眉間を揉み始めた。「こいつどうしようかな」の顔になっている。でもなぁ。折角リコットとデートしているのに、他の子を褒めただけで終わるのはちょっとねぇ。絶対に後で付け足すんだからな。こっそり心の中で決意を固めて、二人分の新たなワインを注文した。

「そういえばカンナってお酒飲むのかな」

「あ~」

 話題を逸らす意図だったのかもしれないが、リコットが零した疑問に私も首を傾ける。確かに、それは聞いたことが無いな。でも引継ぎの経歴書にはアレルギーなしとあったので、アルコールで倒れることは無いだろう。好き嫌いは分かんない。それを伝えたらリコットが「アレルギーじゃないならとりあえず良かった」と笑った。

「カンナは、まだ好きなものもよく分かんない……あ、うーんと、怖い話とお茶が好きなのは分かったけど」

 そう告げるリコットの心中は、やや複雑そうだ。

 ナディアにとっては新たな話し相手を得たという点で喜ばしいのだろうし、彼女の楽しみを理解してあげられなかったリコット達にとっても、心苦しさや申し訳なさを薄める結果にはなる。しかし、『話し相手』を得たということは、二人がそのような話をする機会が今後出るかもしれないということ。本が傍にあるだけでも怖いリコット達からすれば、本の内容を語り合う機会になど絶対に触れたくないだろう。可能性を考えるだけで、今からもう怖いんだと思う。

 うん、二人が語り合う時は、工作部屋においでね。消音魔法を掛けてあげるね。帰ったら二人にも伝えておこう。まずリコットにその提案を告げると「それは助かる」と言ったので可愛くて笑った。

「……カンナとは、上手くやっていけそう?」

 徐に問い掛ける。リコットはぱちりと目を瞬いた。

 別に、カンナに対する感想を聞き出す為にこの禊期間を持ってきたわけじゃないんだけどさ。改めて一人ずつから不安とかを聞き出そうと思えば、いい機会にもなってしまって、つい尋ねてしまった。気を悪くしていなかったらいいなと少し緊張したが、リコットは目尻を下げて優しく微笑む。

「大丈夫じゃないかな。好きだからね」

 一瞬、リコットが何て言ったのか分からないくらい驚いて、目を丸めた。そんな反応も予想済みだったのか、リコットは何処か楽しそうな表情でじっと私の動きを待っている。じわじわと嬉しくなって、私も笑った。

「それは、頼もしいなぁ」

 私の女の子達の誰が味方になってくれても頼もしいけど、誰よりも警戒心が強いリコットが受け入れてくれたなら、そして、いつも上手く調整してくれるリコットがフォローしてくれるなら、何の心配も無いってくらい安心できた。

「何か困ったことがあったら教えてくれたら助かるよ、私はあんまり、鋭くないから」

 この願いに対してリコットは快く頷いてくれたものの、一拍置いて、困った顔で首を傾ける。

「アキラちゃんは、鋭くないのとはちょっと違う気がするけど」

「うん?」

 どういう意味か分からなくって首を傾けても、それ以上の補足は無かった。えー。分からない。分からない私は、やっぱり、鈍いんだろうと思うんだけどなぁ。はて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る