第555話
新しいワインとおつまみがテーブルに並んで、それを味わう頃には少し気持ちが回復し、表情が緩んだ。リコットはそれを待っていたみたいに、話を再開する。
「ちなみにルーイはもっと妖艶な感じで想像してたっぽい。グラマラスじゃなくて驚いてた」
「ふふ」
カンナはスレンダーだからね。でもこれ、言い方を間違えると失礼にも聞こえてしまう感想だから、本人には内緒にしておこうね。
「実際、カンナのどういうところにコロッとしたの?」
「言い方もうちょっと優しくならない?」
訴えてみたがリコットは笑うだけで、何のフォローも無く「それで?」と先を促すだけだった。優しくならないらしい。
「そりゃ勿論、可愛いところだよ」
「この間からそれしか言わない……本当に直感で生きてるよね」
「はい」
女の子を愛する時は「可愛い」というパッションが全てである。
しかし『何処が好きか』を問われて答えないのは、いや、私は答えているつもりであって正直な回答なんだが、何にせよこのような回答では女の子達が納得しないのも分かっている。私は少し首を傾け、視線を宙に向けた。
「うーん、まず、初めて会った時」
カンナとの出会いを思い返す。あの時は城が侍女を三名紹介してくれて、三人は私の為に着飾った状態で来てくれた。
「三人の誰でも良いと思ったんだけど、カンナだけは私に見つめられても表情が変わらなくてさ」
「あー、想像できるなぁ……」
カンナは普段から表情がほとんど動かない。冷静だし、驚いて身体を震わせるようなことも少ない。あるとすればちょっと目を丸めるくらいだが、その変化もじっと見つめ続けていれば分かる程度。まだ数日だが、リコットもすっかりそんな彼女の印象は固まっているらしい。
「それがちょっと意外でさ。目を引いた。最初はそれだけの、一瞬の興味」
「へぇ~」
あの時こそ本当に、直感でしかなかった。だけど今思えばカンナを選べた自分の直感を褒めてやりたい。そして『今後も直感で生きていこう』と心に決めてしまうのである。
「知れば知るほどカンナは真面目で、一途で、真っ直ぐでさ。真っ直ぐ過ぎて曲がれないところも可愛いんだよねぇ」
考え方がいつも『侍女』に徹していて、それ以外を考えていないのではと思うくらいに一途なところが可愛い。丁寧な言葉遣いしか使えないって話は、招き入れてから初めて知ったけど。あれも一層カンナへの愛おしさが増した愛らしい一面である。
「自分には愛嬌が無いって、そんなことを欠点だと思っちゃう健気なところも」
そのせいで貰い手がなかった、これからも無いだろう、なんて思っているみたい。私からすればそのままのカンナが愛しいし、それに気付ける人間は私だけじゃないはず。笑顔は無くとも何処か無垢なあの表情は、間違いなくカンナの魅力の一つだ。
「それと、瞳だね、あの――、……あ、っと。ごめん、言い出したらキリが無いな」
リコットはニコニコしながら聞いてくれていたんだけど、彼女と目が合った瞬間、私はハッとして言葉を止めた。調子に乗り過ぎた。でもリコットはむしろ笑みを深めて「ううん」と言う。
「今のアキラちゃん、可愛かったよ」
「いやー、お恥ずかしい」
可愛い子のことは独り占めにしたいと思う一方で、誰かに自慢したくなる。あれが可愛いこれが可愛いって、話を聞いてほしくなっちゃう。今回はリコットからの質問に答える形だったから会話内容に問題があったとは思わないものの、相手の反応も忘れて一方的に話すのはアウトだった気がします。リコットは優しいから許してくれたけど、もうこれくらいにしましょう。
私がそんなことを考えて飲み込んだ時。リコットの笑顔が優しい色からちょっと意地悪な色に変わった。
「突いたら結構出てくるんだって分かっちゃったから、次はナディ姉で」
「えっ」
つまり、みんなの好きなところを順に話す流れですか?
再確認するように見つめ返しても、リコットはやっぱりニコニコと笑うばかりだ。うーん、敵わないな。私は軽く肩を竦め、この話に乗っかることにした。
「ナディは、まずあの見た目がヤバくてさ」
「あはは」
垂れ目がちな優しい顔立ち。真っ白で美しい肌。ラグドールのようなふわふわの猫耳と尻尾。その毛色とおんなじふわふわの長い巻き髪。
「だけど私が軟派な言葉を掛けた瞬間の冷たい目が最高で……」
「そ~なるかぁ~」
私が一発でハマってしまった一面が一般的でないと思ったのか、リコットが苦笑する。でもあれが好きなんだよ私は。
あの時のナディアは仕事中だったから、客である私に無礼は全くしなかった。ちゃんと対応してくれたし、笑みも一切崩していない。だけど心は決して屈することが無いという美しさを見た。
「夜の仕事をしてるって見付けるまでは、あの可愛い子を目の保養にしつつ、あわよくばもう少し仲良くなれたらって思っただけだったんだけど」
でも、あんなに可愛い子との夜が売りに出されているなんて、それはもう、そんなさ。是非お願いしますって思ったよね。
ただ、あの時は彼女がローランベルの麻薬問題に関わっていることも同時に知ることになった。
彼女がそれに嫌々関わっているなら、引っこ抜いてしまうのも良いかなと思っていた。でも好きでやっていることなら特に何も言うつもりは無かった。その場合でも抱くのは抱きたいから、それだけさせてもらおうかなって感じ。
しかし結果的には前者で、私はナディアだけじゃなくてルーイとリコットという愛らしい二人とも出会える幸福を得た。
「今はねぇ、素直じゃないところとか、本当に君達を愛していて、そればかり考えてる愛情深いところとかが大好きだねぇ」
「その愛情をアキラちゃんには向けられなくても?」
「やめて。夢くらいは見させて」
いつかはその愛情のひと欠片を私にも向けてくれるかもしれないでしょ!
熱弁したらリコットは「あ~」とだけ言って、苦笑いをした。無さそう。生意気を言ってすみませんでした。
「まあ、良いんだよ」
正直に言えば、別に、私に向かなくても全く構わないと思っている。
「ナディが、君達に愛情を注いでるところを見るのが幸せなんだ。そのお手伝いをさせてくれたら、もっと幸せ」
私の言葉に、リコットは何処か困ったような、呆れたような顔で笑った。
「……大概だね、アキラちゃんも」
彼女が込めた意味の全てを理解できたかは分からないけれど、「はは」と軽く笑っておいた。何だか掘り下げても私に良いことは無い気がしましたので。
「じゃ~、次はラターシャ」
本当に全員分を語らせるつもりなんだな……。苦笑だけを浮かべて、文句は飲み込む。どうせ勝てない。
「良い子なんだよね」
「分かるよ」
「純粋だし、素直だし、表情に出やすくて、駆け引きとか絶対にできなくて」
「うんうん」
このリコットの優しい相槌を受けると、ついつい調子に乗って話してしまう。聞き出されていることへの戸惑いも忘れて、語りには熱が入った。
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