第554話
私が勝手に幸せに浸っている間にも、リコットは彫刻が大好きだって話をしてくれている。ちなみにインク入れや筆入れも楽しいらしい。ただ、彫刻が好きすぎて話題に上げることが少ないだけで。うーん、私とは真逆で、細かい作業が好きなのかもな。
「木製家具に彫刻で模様を入れるような仕事、好きそう」
「あ~絶対楽しい。でもデザインはちょっと自信ないかなー」
「そう?」
アクセサリーのデザインとかいっぱい考えているし、アクセサリーにも模様は色々あって、よくこんなの思い付くなぁと感心して見た覚えがあるんだが。やってみたら意外と出来たって言いそう。勝手な印象である。
「あ、そういえば」
「うん?」
その話で思い出した。
「アクセサリーの素材になりそうな石とか、色々売ってたよ、ミシンを買った店」
「えっ、そうなんだ」
ビーズとかも沢山あったし、飾り素材になるものが取り揃えているんだろう。革紐も色んな種類が並んでいた。
「またきっとナディは行くだろうから、連れて行ってもらったら?」
「そうしよっかな、ありがと」
嬉しそうにリコットが頷いている。リコットの好きなもの、やりたいことの代表は彫刻ではなくてアクセサリー制作だったはず。材料が揃ったらそろそろ始められるんじゃないかな。道具はもうほとんど揃えてあるからね。工作部屋の一角に道具をまとめてある棚があって、そこに――。
そういう話をしていたはずなんだけど、どのタイミングからか、いつの間にかリコットが上の空になっていた。
「リコ?」
「あ、ごめん」
「ううん。どうかした?」
私とのお話し中にぼーっとされるのは確かにちょびっと寂しいが、リラックスしてくれているならそれはそれで良いんだよね。でも何か悩みがあるのならちゃんと力にならなくては。じっとリコットを窺うと、そんな考えが顔に出ていたのか、リコットが苦笑して首を振った。
「悩みとかじゃなくて。今日のナディ姉のこと思い出してた。ナディ姉もそのお店、楽しかったんだろうなと思って」
ミシンのお店の話をしたから、思考がそっちに行っちゃったのか。私も同じくお店に居た時のナディアを思い出して、一つ頷く。いつになく真剣に色んな棚を見つめては、気になる生地や糸を確認している姿が愛らしかった。ミシンを触っている時の彼女も、同じ顔をしていた。
「あんなナディ姉、初めて見た。すっごく夢中になってミシン触ってたね」
リコットの言葉に同意して深く頷く。
普段のナディアは周りの気配に敏感で、私達と話している最中でも何かを警戒しているかのように、外の物音に反応することが多い。
だけど今日の彼女はミシンに夢中で、私達の声すら届いていないことがあった。
「……嬉しいな」
感じ入るように、リコットが呟く。
「ナディ姉も、自分の好きなものがちゃんとあったんだ」
我らが長女様は、いつでも自分自身を二の次に考える。彼女の世界の中心はリコットとルーイで、最近はそこにラターシャも入りつつあって、彼女らの為になることばかりを考え、自分のことをあまり考えていない。ちなみに私は除外されているから三の次だと思うんだけど、まあ、それはそれとして。
そんなナディアが、リコットやルーイの声を聞き落とすくらい夢中になっちゃう瞬間があることが、私達からすれば言葉にならないくらい嬉しい。
「だから本音を言うと、あまりナディを止めたくはないんだよね。でも身体を壊すと元も子もないからなぁ」
出掛ける時。ナディアに「ちゃんと休むように」と言ってしまったが。あの子があんなに楽しいなら、何も考えずに好きなだけやらせてあげたいとも思ってしまう。むーん。難しいねぇ。首を傾ける私に、リコットは少し笑う。
「アキラちゃんと違ってしっかりしてるから大丈夫でしょ」
「それはそう」
ぐうの音も出ない。自己管理が一番なってないのは私ですね!
鋭いツッコミばかりで私の返事が固定されつつある。しかし自分で自分の欠点に深く頷くのは少し悲しい。しょんぼり。
「さておきアキラちゃん」
「はい?」
悲しい気持ちを慰めるべくワインを追加注文していたら、店員が離れるのを見守ってからリコットが私を呼んだ。
「侍女様の居る生活はどうですか?」
「とっても幸せ!!」
「あはは」
条件反射で喜びを口にしてしまったが。何の質問だい。でも首を傾けた私にリコットは眉を下げて笑うだけで、この質問について説明してくれる様子は無かった。
「カンナがちょっと想像と違って驚いたなー」
「そうなの?」
「うん。私がルーイに叩かれたのも、そのせいみたい。びっくりして横に居た私を叩いたって」
「はは!」
何とも可愛い、もとい、可哀想な理由で叩かれていたようだ。
しかし、そうだね、カンナについては名前も故意には明かしていなかったし、彼女の容姿や性格も、事前に伝えていなかった。その中でもリコット達には何かしら、カンナに対するイメージが出来上がっていたという。
「どんな想像してたの?」
「私はね、おっとりしてて、優しい感じかな。誰に対しても柔らかい笑顔で応じそうな人。その優しさにアキラちゃんがコロッと落とされたのを想像してた」
「最後」
少しバカにされたように聞こえました! 何だよその浅くてちょろそうな奴は。むん。口を尖らせるとリコットが一層笑みを深めた。ちくしょう。楽しそうだな。
「いやー、普段さ、私達がアキラちゃんを雑に扱うことが多いじゃん。それで、丁寧な優しさを浴びたら反動で落ちちゃうんじゃないかな~と」
「私を、雑に……」
震える声で小さく復唱したら、リコットが傾けていたワインを慌てて下ろして、目を瞬く。
「あ、ごめん気付いてなかった?」
「敢えて向き合わないようにしてた……」
「ごめん」
悲しい気持ち。私はとてもみんなを愛しているのに。何故なんだ。でもみんなが伸び伸び過ごしてくれるのが一番だよね。うん、大丈夫。私は大丈夫です。言い聞かせるも深く落ち込む私に、リコットはまた笑った。
「大事には思ってるよ?」
それも分かっているつもりです。無理をしたら怒られるとか、体調を崩したら看てくれるとか。大事にしてくれているからだもんね。みんなが私に優しく接してくれる貴重な時間を思い返し、ぐっと堪えながら静かに頷いた。
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