第553話

 数分後、徐にミシンからエプロンを外して糸などを切ったナディアは、縫い目を確認しながらエプロンを何度か反して、一つ頷いた。

「まあ、こんなものね。生地が厚くても楽に縫えて良いわね」

 お、おお。ソウデスネ。

 何を言うかと思ったら、ミシンの感想か。こちらの動揺なんてお構いなしだなこのお姫様。

 しかし彼女の言う通り、今回のエプロンに利用された生地は少し厚手のものだった。デニムに近いくらいの厚さかな。でも縫う時に詰まる様子は全く無かったし、お店のおばさまに説明してもらった通り、とてもパワフルで性能の良いミシンのようだ。

「リコット、これ、料理や工作の時にでも使って」

 最終調整を終えたらしいナディアは、出来上がった第一号を未練の欠片も無く、押し付けるようにリコットへ手渡す。

「え、うそ、私にくれるの?」

「あ……いえ、気に入らなければ、無理にとは」

「まさか! 嬉しい、ありがとう!」

 食い気味にお礼を言うと、リコットは再びそのエプロンを着け始めた。どうやらとても気に入ったらしい。そして着た状態でリビングに駆けて行く。

「見てー! ナディ姉が私にエプロン作ってくれたー!」

 自慢しに行っちゃった。可愛すぎでは?

 多分、私の時と同様、向こうのみんなも一瞬びっくりして反応が出来なかったんだと思うけど、少しの間があってから「えっ、嘘、すごい!」「ずるい!」「いいなぁ、ポケットも便利そう。可愛いし」「後ろも可愛い! ずるいよ!」と大騒ぎだった。

 今二回聞こえた「ずるい」、どっちもルーイだったな。

 ちらりとナディアを見たら、顔を押さえて俯いていた。肩が震えている。笑っている。

 その後しばらくキャーキャーと盛り上がる女の子達の声を聞きながら密かに笑った後で、ナディアは表情を整えて、リビングの方へ顔を出す。

「ルーイ、いらっしゃい。あなたの採寸をするから」

「うん!」

 嬉しさいっぱいの元気な返事。そりゃ、可愛いルーイにナディアが作ってあげないわけがないよね。呼ばれたルーイは満面の笑みでナディアと共に工作部屋へと入って来た。そして早速、うきうきと採寸されている。

 ミシンの試運転だったはずだが、この流れだと全員のエプロンを作りそうだね。

 まあ、ナディアとみんなが嬉しいなら、それでいいや。

 そうして微笑ましい気持ちで最初は見つめていたんだけど、夕方になるとちょっとその思いにも陰りが生じる。

「私とリコは出掛けてくるけど……ナディ、今日はもうお休みしてしっかり寝るんだよ?」

「……分かっているわ」

 あの後ナディアはかなりぶっ通しで作業していたので、身体への負担が心配である。

 ルーイとラターシャの分まで作って、カンナと私を採寸していた。私にも作ってくれるらしい。エプロンにも採寸が要るんだなぁと間抜けなことを思ったが、実際、各々の正しいサイズでエプロンを身に着ける女の子達が可愛かったので、エプロンもバランスが大事なんだなと思いました。サイズが違っても着られるけど、やっぱりぴったりが一番似合うね。当たり前か。いや、そういうことではない。

 まあ、私が心配しなくてもナディアは無茶をする子ではないし、ルーイとラターシャも傍で見ていてくれるだろうし、大丈夫かな。

「カンナは明日お休みだね。ゆっくりしてね」

「ありがとうございます」

 今日は服の整頓もしてもらったし、疲れただろうと思う。普段ならこれから私の髪の手入れやお茶淹れも残っているが、今夜はリコットとデートなので不要。出掛ける私に上着を着せてくれたところで、本日のカンナの業務は終了です。

 みんなに見送られながらリコットと二人でアパートを出発した。

 するとアパートを一歩出たところで、ぴゃっと冷たい風が私達に吹き込んでくる。

「わっ、今日は寒いね」

 リコットが、思わずと言った様子で身体を縮めている。そんな彼女を引き寄せながら私も頷いた。本当に一段と冷える夜だ。

「今夜は近いお店にしよっか」

 あまり長く歩くと身体が冷えてしまう。いつものように腕に引っ付いてくるリコットが少しでも私から暖を取れるようにと念じつつ、足早に店へと向かった。

 そこから五分ほどの移動で到着した店。相変わらず安全を考慮して価格帯は上げている為、それなりに賑わってはいるものの、騒々しい感じは無い。うむ、良い店だ。

 リコットと赤ワインでまずは乾杯して、適当におつまみを注文した。

「何だか久しぶりな感じするね。ワインは時々、部屋で飲んでるけど」

「あー、そうだね」

 私がよく晩酌をする為、気分次第でリコットとナディアが付き合ってくれる。

 特にジオレンのワインは美味しいからね。嫌々じゃなく、飲みたい時に一緒に飲んでくれるのだ。ただ、こうして外で飲むのは本当に久しぶり。丁度一か月くらいかな。

「今月は、ドタバタしたなぁ……」

 一か月を振り返ってついそう零したら、リコットが可笑しそうに表情を緩めた。

「年末も結構ドタバタしてたから、ここ二か月が特に酷かったんじゃないー?」

「確かに、そうかも」

 先月を思い返せば、ヘレナの解呪、城からの依頼、そしてガロからの依頼もあったんだったな。あとスラン村に納品する為に魔道具製作も頑張っていた。一応、魔道具製作は今も続いているが、ペースは落ち着いている。

「まあ、魔道具はアキラちゃんが勝手に自分を忙しくしてるっていうか」

「それはそう」

 よく言われるやつですね。私はいつも自分で自分を忙しくしている。

「私は彫刻板がもらえたら良いけどさ~」

「本当に好きだねぇ」

「ああいうのすっごく楽しい! 自分がこんなに工作好きとは知らなかったなぁ」

 嬉しそうに笑って話すリコットが可愛い。リコットの今までの人生は掻い摘んでしか聞いていないけれど、多分、自分の好きなことを見付けられる機会がほとんど得られなかったのだと思う。与えられた仕事を熟すことだけが求められ、意志すらも奪われてきた子。だから自分が何を好きで、嫌いかってことも、知らないままだった。

 そんな中で一つでも二つでも、リコットが嬉しいことや楽しいことを見付けて笑ってくれるのは、本当に幸せなことだ。それを傍で見ていられるという立場も、役得だと思うばかりです。

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