第552話

 他には何か気になることはあるかと確認すると、カンナは三拍ほど思考の時間を置いてから顔を上げた。

「アキラ様のピアスホールは、左右に一つずつでしょうか」

「うん」

 首を傾けて、私の耳を確認する様子が妙に可愛い。私はちょっと耳を引っ張って、ピアスを見せた。

「ピアスは此処にあるもので全部。これもあんまり持ってないね」

 元の世界でなら、数え切れないほど持っていたんだけどね。こっちに来てからは、三セットしかまだ買っていない。それらも今後、服に合わせて追加すべきなら、カンナに考えてもらおうかな。

「雑誌くらいなら、私に事前確認なしで追加購入しても構わないからね。あ、その場合も経費だから、小口現金を渡しておくべきだな」

 カンナに買い物を任せることもあるからね、幾らか現金を渡しておいて、出納帳を付けてもらえばいいね。

 簡単に確認したら、そういう経験もちゃんとあるらしいし、一緒にフォーマットを決めて一枚テンプレートを用意。私の転写で量産して、お金と一緒に渡しておいた。

「何かまだ不足があったら教えてね」

「はい」

 まだまだ侍女様の扱いに不慣れの為、色々が後手になっている。都度、摺り合わせていかねばなるまい。

「それじゃ、服の整理よろしく」

「はい。何か御用の際はお呼びください」

「うん」

 私はまた工作部屋に戻ることにした。部屋に入る直前にちらりと視線を向けたら、早速、出納帳を書き込んでいる。私が今渡した金額を入金額として書いているんだね。なんだか可愛い。お仕事しているだけだけども。

 さて。カンナばかり見ていないで、私もちゃんと自分の作業をしなくては。

 同じ場所に戻ってもう一度カンナの紅茶をちょっと傾けてから。よし、作業再開です。

 各道具に入れる魔力回路を決めてコーティングの準備を始めたところで、搬入を依頼していたミシンが二台届いた。

「ありがとう。そこに置いてもらって良いよ~こっちで運んでしまうから」

 おじさん達にお礼を告げて、玄関で受け取る。どうせ当分の間は私の収納空間に放置になるから、運ぶまでもなく吸い込んでおくだけでいい。そう思って仕舞い込んだんだけど。

「使ってみても、いいかしら」

 何処か少し控え目に、窺うように、ナディアが言った。そういえばお店でも、目を輝かせて見ていたっけ。気になっていたらしい。私が改造したバージョンと比較する為にも、先に使い心地を確認してもらうのは大事だね。私は快く頷いた。工作部屋にもまだまだスペースがあるし、周りに気兼ねなくいつでも使えるようにこっちの部屋に常設してしまおう。

「大きい方でいいよね?」

「ええ」

 届くまで待っていたってことは、白い方のミシンじゃなくてこっちだよね。まあ、白いミシンは一台しか持っていないので、分解の用途しかないのを察していたんだと思う。

 さておき私がミシンを配置すると、早速ナディアは作業台の一角に、生地を広げ始める。今日買ってきたものだ。それを試し縫いに使うらしい。じっと生地を見ているナディアの表情を、私は黙って見つめていた。

「なによ」

「おぉ、気付いてた」

 集中してると思ったのに、生地から目を離さないままでナディアが呆れた様子で呟く。

「可愛い顔してるなぁと思って」

「……意味が分からないわ」

 そう返すナディアはわざとらしく眉を寄せているけれど、その瞳は今も喜びとわくわくを隠し切れずにいた。

 本当は、とても好きだったんだろうなぁ。洋服を作るとか、何かを縫うとか。

 嫌な思い出や悲しい思い出がどうしても纏わり付くのかもしれないけれど、そういうのを取り払って、好きだって気持ちだけを大切に出来るようになったらいいな。だけどそんなのは私の勝手な願いだから、ナディアには言わないでおこう。

「ナディの防刃手袋、そこにあるからね」

「……ええ」

 こら。ちょっと面倒そうな顔をするんじゃない。刃物を扱う時はちゃんとしなさい。

 って言葉が口から出そうになったが、強く言わなくてもナディアは手袋を付けていた。顔は渋々だったけどね。可愛いね。だがあんまり見つめていたらまた「なに」って顰めっ面されそうだし、そろそろ私も自分の作業に戻るかね。って私は頑張って視線を外したのに。

「見ててもいい~?」

 部屋をひょいと覗き込んできたリコットがナディアに可愛らしくおねだりしている。当然ナディアは柔らかく目尻を下げて頷いていた。私は見てるだけで「なによ」なのに酷い。でもいつも見学したがるリコットは可愛いよね。分かる。

 深く頷いた後、私はまた手元の作業に集中した。

 ナディアの作業も、見学のリコットも気になってはいたものの。集中し始めてしまうと周りの音も声も耳に入らなかった。

 つまり私は折角ナディアがミシンを利用していたのに全く見ていなかった。一つ目の道具のコーティングと魔力付与を終えたところで二人の存在を思い出して顔を上げる。すると何故かリコットが見覚えのないエプロンを身に着けており、ナディアが彼女の背後で何かを確認していた。

「え?」

 私が呆けた顔をすると、リコットが苦笑いで応えてくれる。

「あー、ね。今ナディ姉が作った」

「今?」

 慌てて時計を確認したが、一時間しか経っていない。は?

 エプロンって確かにペロンとしているけど、ナディアが作ったと言うそれはそんなにちゃちなものではなくてポケットが四つも付いてるし、胸の部分はプリーツ状になっているなど、ちょっと凝っていてお洒落なんだよ。それを? 一時間で?

「まだ仕上がってないわよ」

「そういう問題?」

 思わず突っ込んでしまった。完成かどうかではなくて今見えている部分だけでもこの短時間で出来上がったことが素人目には驚きなんですが。ナディアは素知らぬ顔で作業を続けている。

「うん、この辺りで良さそう。ありがとうリコット」

「いいえ~」

 どうやらリコットをマネキン代わりにしていたらしい。彼女から再びエプロンを回収すると、またナディアはミシンの方に向かった。

 さっき購入したばかりのものを使っているとは思えない手慣れた様子で、ナディアがミシンを操作している。何それ格好いい。最初から見ていれば良かった。すごく後悔した。

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