第550話

 ナディアのお陰もありさっきより穏やかなものに変わったカンナの横顔に私もホッとして、前を向いた。いつも無表情なカンナだけど、最近は少し変化が分かるようになってきた。眉の上げ下げとか、目のちょっとした動きだね。そういうところが愛らしい。

「ねえカンナ、誕生日は何が欲しい?」

 のんびり歩いていると、色んな露店が目に入ってまた新たに尋ねてみる。カンナが何を喜んでくれるか、まだまだ分からないからなぁ。しかし私の問いに、カンナは少し視線を下げてしまった。

「お祝いして頂けるだけで、私には過分なものです」

 うーん。そうかぁ。カンナは欲が無さそうだし、自分からは何も言わないか。

「じゃあ、私が厳選した可愛いハンカチ百枚……」

「数がおかしいのよ。もっと本気で厳選しなさいよ」

 ナディアの厳しいツッコミが飛ぶ。うう。だってカンナはそもそも高給取りだから高級品じゃ安易に喜んでくれない気がするし、どの角度で攻めればいいんだろうと悩んでしまったのだ。そして質か数かを迷った末、両方を選択したんだけど。ダメですか。私達のやり取りをしばし見守った後、カンナがまた俯く。

「アキラ様から頂けるものは全て宝物です。あまり、ご無理のない範囲で……」

 なんと。可愛い。抱き締めたい。往来じゃなかったら危なかった。

「分かったよ。ならカンナの為に心を込めて、選ぶことにしようかな」

 何が欲しいとかは言わない子だけど、むしろ何でも喜んでくれるってことだね。じゃあ私は当日まで悩んで真剣に選ぶのみ。その心をカンナはきっと大事にしてくれると思う。

「アキラ、その先の青い旗のお店を左」

「はーい」

 話が整ったところで、目的地周辺です。ナディアは最後まで前を歩くことなく、「その店」と後ろから声をくれた。もしかして私に背後を取られるのを警戒している? そんなわけないな。ないない。

 たのもー。

 と、乗り込むわけではなく。開け放たれている扉から店内へと入り込む。

 主に裁縫道具や材料を売っているお店らしい。まず豊富に取り揃えられた生地や糸が手前に並び、奥の棚には針やハサミ、そしてミシンなどの道具が並んでいた。

「へ~、すごいねぇ。何だか色々欲しくなっちゃうな」

 私はナディアみたいに服を作れるわけでもないから、持っていても仕方がないんだけどね。というわけで早速、ミシンを見るか! ぐんぐん迷わず奥に入って、店員に声を掛ける。

「この店で売ってる、一番性能が良いミシンってどれかな? 機能の説明もしてほしいんだけど」

「は、はい、少々お待ちください……」

 気の弱そうなお姉さんは少し戸惑いながら頷いて、奥の方に声を掛けている。彼女はきっと店番さんだね。詳しい人は奥に居るんだろう。

 そう思って待つこと三分弱。柔和なおばさまが出てきた。

「ご案内いたしますね。此方へどうぞ」

 笑顔でそう言うと、おばさまは私達をミシンの売り場へと促した。

「ミシンはお客様がご使用される予定ですか?」

「うん、私じゃなくて、この子だけど」

 軽く肩口に振り返ってナディアを指せば、おばさまはフンフンと頷く。

「ご家庭でお手軽に使用できるものと、業務用のものがございます。詳しい用途はお決まりでしょうか」

「うーんとね、結構色んな用途で使えるものが良いね。ちょっとした直しも勿論、一から洋服を作ったり」

「革でも縫えるものがあれば、欲しいところですね」

 小さな声でナディアが付け足した。ただ、「あれば」という表現で留めているのを見る限り、そこまで力のあるミシンをナディアは扱ったことが無いのだろう。だけどおばさまはナディアの言葉に困った顔を見せる様子は無く、一つ頷いた。

「なるほど、それでは、家庭用のものは物足りないでしょうね」

 納得した様子でそう言うと、おばさまは目立つ場所に置かれているよりも少し奥の棚に案内してくれた。

「此方の四台が最新のもので、革も難なく縫うことが出来ます」

「おお~」

 その説明を聞いた途端、ナディアの目がぱちくりと丸まって、無言でじっと製品を見ている。ちょっと瞳が輝いてすらいた。当時この子が使っていたよりずっとミシンの性能がアップしているんだろうな。

「この白いミシンが一際小さいね?」

「はい、こちらには魔法が付与されており、他と同じ力を持ちながらも小型化に成功した唯一のものでございます。ただし、かなり高額で……」

「ほう」

 ペダルを漕がなければならないのはどのミシンも同じだけど、この白いやつだけは漕ぐ力を魔法によって少し底上げ・分散されていて、軽く一回漕ぐだけでパワフルに長く縫えるそうだ。面白い。速度も強さも、ダイヤルで調整が可能だそう。

「二十倍の値段なんですね……他のものも安くはないのに」

「ええ、魔法付与をして頂くのにどうしてもコストが掛かってしまう為、貴重な品となっています」

 なるほどねぇ。この国だと魔術師のほとんどが貴族様だから、それはお金が掛かるよねぇ。魔法以外のところも職人さんの技術が生かされた精巧な作りになっているようだし。

 おばさまは魔法付きのミシン以外の三台も含め、一つずつの機能の違いなどを丁寧に説明してくれた。裁縫の詳しい話になると私には分からなかったけど、ナディアは細かいところまで突っ込んで聞いていたのでよく理解しているみたい。

「どうかな、ナディ。機能的にはどれが一番、君には良さそう?」

「そうね……どうせ値段のことは気にするなと言うんでしょうから」

「うん、言う」

 即答すると、予想通りの回答だったのだろうにそれでもナディアはちょっと呆れた顔を見せた。でも何も言わずに続きを言う。

「白いミシンか、こっちのミシンね」

 もう一つ彼女が示したのはちょっと無骨なデザインのものだった。耐久性については群を抜いていると説明された。何万回と使っても、縫いの精度が衰えないらしい。

「ふむ」

 魔法付与された最新機器も気になるが、魔法付与は私の方でも出来るからなぁ。いや、でも今これに付与されている魔法とその回路についても分析はしたい。

「うーん、じゃあ、白いミシンを一台と、こっちの方は二台」

 計三台を欲しいと言うと、おばさまは少し目を丸め、逆にナディアが目を細める。

「買うのは二つじゃなかったの……」

 溜息交じりの彼女の呟きが、店内に落ちた。

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