第549話

 唐突に新たな魔法講座になってしまったが。

 レベル3程度ならもうみんな扱えそうだな。私がリコットと戯れている間にラターシャも小さい照明は出していたからね。

「続きはまたゆっくりやろう」

「うん、照明だけでもあると便利だね」

「ねー。練習しよっと」

 私によって呼び付けられた女の子達が、部屋を立ち去っていく。

「カンナもありがとう。下がって良いよ」

「はい」

 この子は、私が呼んでしまったら「もういいよ」って言うまで退室できないよね。改めて退室を指示しておいた。侍女さん可愛いなぁ。出て行くカンナの背中をニコニコしながら見守る。

 部屋に残ったのは、最初からいたナディアだけである。

「照明が安定した頃に、測定もやってみようね」

「ええ」

 元々は測定魔法の話から今の流れだったんだけど、照明よりちょっとレベルが高いので、まだ無理かな。あれ? そういえば測定魔法って『目』が起点になるんだけど……指導ってどうやるんだろう。まあいいか、その辺りもまたカンナに教えてもらおう。本当にカンナが居てくれて助かるなぁ。

 その後、ナディアは現時点で確認したいことだけを簡単に終えると、材料と道具を片付けてリビングに戻って行った。実際に作業を始めるのは、道具が揃ってからだもんね。

 私も道具やミシンが来ないと次の遊びは始められない。カンナの紅茶をお供に図面などの紙を簡単に整理した後は、いそいそとリビングへ戻る。

「うーん」

 しかしリビングに到着するなり、腕を組んで首を傾ける私を、みんなが不思議そうな顔で見上げてきた。カンナは私と入れ違う形で工作部屋に入り、私が放置してきた紅茶のカップを回収してくれていた。

「どうしたの? ここ座る?」

「座る……」

 ひょいと座る位置をずらしてスペースを開けてくれたリコットの隣に腰掛ける。そしてもう数秒考え込んでから、私は口を開いた。

「狭いね?」

 私の言葉に、女の子達は数秒間、静かなままで私を見つめた。

「いや、この家には広いところしかないけど」

「本当にそう」

 最初に反応したのがリコットとラターシャ。まあ、うん、スペースは余りまくっているんだけど、そうじゃなくて。

「ソファがさ。六人も座ると、狭いなぁって」

「あ~、え~?」

「充分に座れているわよ」

 此処にあるのは、三人掛けのソファが二つ。定員ちょうどである。大きめの三人掛けだから、確かにゆったりしているとも言える。だがしかし。

「もう一つ買うか……」

 コの字に配置しようかな。テーブルからは少し遠くなってしまうけど、追加は二人掛けにして、サイドテーブルで挟んでしまえばそこにお茶を置くことも出来るだろう。

「アキラちゃんは窮屈に感じる?」

 考え込んでいる私の顔を覗き込むようにしながら、リコットがそう問い掛けてくる。うーん、不快と思うほどではないんだけど、やっぱり広くは感じられない。

「まあ、必然的に女の子が近くに来るので嬉しくもある」

「もう一つ買いましょう」

「ねえナディ私のこと嫌い?」

 何としてでも女の子から私を引き離そうと言う気概を感じた。私の言葉にナディアは溜息を一つ落とす。

「教育に悪いとは、時々……」

「返す言葉がない!」

 特にナディアは、私が共同の部屋にも拘らずリコットとイチャイチャしている場面に二度も出くわして居心地の悪さを感じた被害者である。

 ということでその点についての反論はさっさと諦めることにした。

「うん、まあ、寛げるスペースなんて多ければ多いほどいいよ。もう一つ買おう。明日ついでに見に行こうっと」

 みんなはちょっと眉を下げながらも、もう何も言わなかった。我が家で最も我儘なのは、疑いようも無く私です。みんなはいつも合わせてくれるのだ。

 そういうわけで、翌日。

 ミシンの買い出しと、ソファの追加注文の為にお出掛けです。今日もカンナは出勤日なので付いて来てくれるし、朝だけど見張りは特別にナディアだ。ミシンの店まで案内が必要だからね。

「ふふふ」

 カンナが私に上着を着せてくれて、襟などを整えてくれている。そんな時に私が急に笑い出すものだから、当然、驚いた様子でカンナが顔を上げ、首を傾けた。

「いやー、こうして身なりを整えてもらうって、懐かしい感じ」

「経験があるところが面白いんだよね」

 まあそれはそう。でも実家に居る間は毎日、家政婦さん達に整えてもらったんだよねぇ。基本は自分で着替えるんだけど、最終チェックと、こういう上着とかは家政婦さんが絶対にやるの。そういう決まりだったの。なんだか懐かしくて嬉しいねぇ。

「準備が出来たならもう行きましょう」

 呆れたナディアの声に促され、ようやく三人揃って外出した。

「南西だっけ?」

「ええ、以前に行ったカフェから通りを二つ挟んだところで――」

 簡単に方向と位置を教えてもらったので、私とカンナが並んで前を歩き、後ろにナディアが付いて来る形で進む。

「そういえばカンナ、お茶菓子って足りてる?」

「はい、まだ問題ありません。明日の内に補充もしておきますので」

「明日の君は『休暇』だよ」

 くすくすと笑ってしまった。三日働いたカンナは明日が最初の休暇である。その休暇の内に、私に出すお茶菓子を買い出しに行ったらそれは仕事になっちゃうよ。

「侍女としての買い出しは、できれば勤務の日にね」

「……承知いたしました」

 承諾を口にしながらも、何だかカンナがしょんぼりしてしまった。あれ。何か間違ってしまっただろうか。掛ける言葉を悩んでいると。

「カンナが好きでするのなら気にしなくて良いのよ。アキラはあなたの負担を心配しているだけだから」

 後ろから口を挟んできたナディアの声は、ちょっと呆れている。勿論、私に対してだろう。

「あぁ、うん、そう。カンナが辛くないなら良いんだよ」

「理解いたしました。お気遣いありがとうございます。ナディアも」

 軽く頷くナディアに、私からも「ありがと」と告げた。休暇に仕事関連のことをしないように『強要』するのも、カンナのストレスになってしまうなら、それは違うのだろう。休んでほしい気持ちが強すぎて、配慮が足りなかったかな。こんなところまでフォローしてくれて助かります。

 心の中で改めてしっかりナディアに頭を下げる。こんな往来で下げたら、怒られそう……いや他人の振りをされそうなので、踏み止まった。

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