第548話

 ご機嫌な様子で私から離れていくルーイだったけど、元の位置へ戻る手前でぴたりと止まって此方を振り返る。

「アキラちゃん?」

「いや、私じゃないよ。カンナだよ」

 傍から見ていたみんなは、何の会話かさっぱり分からない顔をして首を傾けた。

 何があったかと言うと。今、カンナが魔力でルーイの背中を突いたのだ。ルーイはそれを感じ取り、私がやったんだと思って尋ねてきた。分からなかった他のみんなに、軽くそれを説明する。

「失礼しました。すぐに出来るようになったので、もしかしたらと……ルーイはもう、魔力感知が出来ているのではないですか?」

「そうみたいだ。気付かなかったなぁ」

 そろそろかなーとは思いつつも、今カンナがやったみたいに確かめようとはしていなかった。なるほどね、前触れなく内緒で突かれたことに気付いたら、感知が機能していると。賢い確かめ方だ。貴族様流の魔力感知テストなのかも。

 ちなみに、他の子らはまだのようだった。カンナがこの会話の間にさり気なく他全員にも魔力を飛ばしていたものの、反応を見せた子は居なかったから。リコットがまだなのは、ちょっと意外だったかな。

 私とカンナが魔力を部屋の中でふよふよ飛ばしても、ルーイだけが目で追っていて、他の子らは「うーん」と愛らしく唸っていた。

「幼いほど、このような感覚は掴むのが早いそうです」

「なるほどねぇ」

 貴族らが子供の内から教育を受けさせるのは、そういう理由もあるのかな。エルフらは二十五歳からの教育らしいが、まあ、その辺りは彼らが長寿であることもあって、気長に捉えている可能性もある。実際、長く生きたエルフは平均的な人族よりもずっと魔力が高いようだったしね。

「さて。じゃあラタとリコも照明だけは覚えてみる? ラタおいで」

「うん」

 素直にこっちに来てくれるラターシャが愛らしくて、傍に立った彼女に、「はいどうぞ」と膝を叩いた。一瞬きょとんと目を瞬いたラターシャは、気付いた瞬間、頬を染め、眉を吊り上げる。

「嫌だよ! 座らないよ!」

「えー?」

「カンナは向かい合ってやってたでしょ!」

「いや~私は後ろからの方が。あ、立った状態でも良いよ、同じ姿勢なら」

 バックハグってやつですね。満面の笑みで立ち上がったら、ラターシャは素早く後退して逃げてしまった。あらら。

「絶対に嫌! もう、私はカンナに教えてもらうから。アキラちゃんのバカ」

 また怒られてしまいました。残念だねぇ。でもラターシャが怒るところも恥ずかしがるところも可愛くて仕方がないから、まあ、仕方がないね。何の理由にもならない。

 ところがラターシャから教えを乞われたカンナは、彼女のことをじっと見つめたままで動かない。ラターシャが首を傾けると、彼女はゆっくりと瞬きを一つ。

「……アキラ様がお望みでないご様子なので、私には対応できません」

「え!?」

「あははは!」

 私だけが、大きな声で笑った。他の全員は戸惑って目を瞬くばかりで、笑う様子は無い。そうだね、私にしか、今のは伝わらないと思うよ。

「今の、ふふ、冗談だよ、カンナの」

 彼女から『嘘』のタグが出ていたんだよね。ちょっと難解すぎる冗談じゃないかな。

「失礼いたしました。……少々、反応が愛らしくて」

「カンナも冗談を言うんだねぇ、ふふ」

「も、もう! みんなで揶揄からかうんだから!」

 やっとのことで飲み込んだラターシャは再び顔を赤くして、ぷんぷんしていた。可愛いねぇ。

 結局カンナがラターシャを教えることになったので、じゃあ私はリコットに教えようかな。と彼女の方へと視線を向けた。だけど、私は一度、首を傾ける。

「リコって……指導、要る?」

「なんでそんな寂しいこと言うの」

 ありゃ。口を尖らせちゃった。こっちも可愛いねぇ。

「ごめんごめん。もう出来そうな気がしちゃってさ。リコ、おいで」

 なお、私は当初ラターシャに求めた通り、バックハグで指導させて頂きます。後ろからリコットをぎゅっと抱き締めれば、ナディアがとても呆れた顔で私を見据える。いいじゃん。この方が私もやる気が出るんですよ。リコットは笑っただけで、何も言わなかった。

「ほーい」

 リコットの魔力を巻き込んで、照明魔法を発動。ふむ。私も指導の練度が上がったかもしれない。さっきより上手に発動できた。自分の指導技術に満足していると、手を握ったり開いたりしたリコットが、「もう一回」と言った。何度でもしますよ!

 張り切って、繰り返し行ってみたものの。四回目を終えて五回目の「もう一回」を聞いたら、流石に動揺してしまった。

「え、ほんとに?」

 思わず口にしてから、良くなかったかもしれないと焦る。本当にリコットはこの感覚が分からなくて私にお願いしているかもしれないのに、失礼な言い方だったかも。慌てて顔を窺うと、リコットが楽しそうに目尻を下げる。

「ううん、ごめん。なんか自分の魔力が勝手に動くのが楽しくて、つい」

「はは、そっか、リコが楽しいならいくらでもやるよ?」

 ちょっと揶揄ったというのもあるとは思う。いや本当にびっくりしたし焦ってしまったな。だけど「楽しい」も本当の理由だったみたいだから、まだまだお付き合いできるぜって気持ちになった。でもリコットは少し意地悪く笑った後で、緩く首を振る。

「今日はこれくらいにしてあげる」

 それは私がよく使うような悪党言葉じゃないですか。駄目ですよ、それは私の専売特許だからね。

 下らない言葉を私が脳内でぐるりと回している間に、もうリコットは自分の力だけで照明魔法を発動していた。おお、上手だ。光も形もはっきりしているし、九十点くらいの照明魔法だね。初回でこれは流石だな。

「リコ、すごく上手だね」

「先にみんながやってるのを見たせいもあるけどねー」

 本人はそのように言うけれど。リコットはきっとイメージを掴むのが上手なんだろうなぁ。感知がまだ出来なくてもこんなに勘が良いんだから、魔力感知ができるようになったら魔法全体が更にぐっと上達するかもしれない。

「いい加減にリコットから離れなさいよ」

「あ、はーい」

 リコットが照明魔法を成功させた後も無駄にバックハグを続けていたら、長女様に叱られてしまいました。しょんぼり離れるとリコットがちょっとだけ背中を撫でてくれた。嬉しい。優しい。

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