第547話

 カンナは、後からやってきた子達が見やすい位置に落ち着くのを少し待ってくれた。そして改めて、ナディアに向き直る。

「ナディア、少しお手をお借りします」

「ええ」

 応じてナディアが右手を出すと、カンナも両手を前に出した。カンナの両手の上に、手の平を上にした状態でナディアの手が乗った。

「手の中に、魔力を集められますか?」

「どの程度の量と、濃度かしら」

「濃度は自然のまま、量はゆっくり集めて下さい。私が指定します」

「分かったわ」

 私は無駄にニコニコしながら見守っていた。女の子が向かい合っているのが妙に愛らしい。しかし誰も私の不自然な笑顔には気付かず、真剣に二人を見つめている。

「その状態を維持して、手の平の感覚に集中して下さい」

 カンナがそう告げた一拍後、ナディアの魔力を巻き込むような形でカンナが照明魔法を発動した。二人の間に、ぽかりと光の玉が浮かび上がる。ナディアはぎょっとして微かに身を引く。

「今の感覚です」

 言い放たれた言葉に、部屋がしんと静まり返った。

 え、本当に、この指導方法なんだろうか。いや、カンナが説明していた時には『本当』のタグしか見ていないので本当なのは間違いないんだけど、あっさりしているというか、私の教え方よりもずっと理論をすっ飛ばしているように見えて驚いています。身体で覚えろということ?

 戸惑いの広がる部屋の中で、小さく咳払いをしたナディアが、気を取り直すように体勢を戻した。

「……もう一回、やってもらっても良いかしら」

「はい、勿論」

 ナディアの願いを快諾したカンナが同じことを繰り返し、再び照明魔法が二人の間に浮かぶ。

 しばらく難しい顔をしていたナディアは、徐に自らの手へと視線を落として、握ったり開いたりを繰り返した。感覚を思い出し、覚えようとしているみたいだ。

「こう、……違うわね、ええと……こう?」

「あ、惜しい」

「はい、惜しいですね、もう少しです」

 私とカンナがほぼ同時に反応した。見た目では分からないものの、魔力の動きと気配が、照明魔法になる一歩手前だったのだ。すごい。こんなに感覚的な指導でも、出来るようになるんだ。決して貴族の方法をバカにしているわけではない。

「もう一度、私がやってみましょう」

「ごめんなさい、お願い」

 またカンナの手を借りて照明魔法が発動される。それが二度繰り返された後、再びナディアが試行すると。

「あ! すごーい!」

 ナディアの手の上に、ちょっと頼りない光量の照明がふわりと浮かんだ。リコットが即座に歓声を上げて手を叩く。

「とても優秀ですね。私は一回目の成功に至るまで、講師に十回以上の手ほどきを願いましたから」

 その言葉には『本当』が出ているけれど。カンナが照明魔法を覚えたのはおそらくもっと子供の頃だろうし、魔法の実践教育の序盤のことだろう。ナディア達は既に属性魔法が少し扱えているのだから、スタートラインが違う。比べるのは難しい気がした。

 しかしカンナがこうしてナディア達を褒めて伸ばそうとしてくれるのは可愛いので、私は何も言わない。

「一度コツが分かれば、あとは反復して安定させるだけです。そして感覚が分からなくなってしまった場合は、その度に手ほどきをしてもらう。生活魔法のほとんどがこのような指導方法になっています」

 うーん、となるとやっぱり、生活魔法は理論じゃなくて身体で覚えることになっているんだな。教育方法がどの本にも書いていないわけだよ。

 ちなみにエルフらの魔法教育は、魔力制御が主で、それ以外の『教育』はほとんど知恵に無い。エルフ印の魔道具の仕組みからも分かるように、彼らは魔法陣と魔道具の知識が豊富で、生活にも広く使われている。つまり便利な道具が多くある分、生活魔法は廃れつつあるのだ。改まった『教育』は特に無く、天性のセンスで自然と使えるようになった者達が各々で使っているだけ。そのせいもあって私には生活魔法の教育方法が分からなかったのだ。

 そんなことを私がごちゃごちゃ考えている間にも、カンナは丁寧にみんなへ生活魔法について説明をしていた。

「生活魔法には属性がありませんから、人を選ばずに指南できます」

「なるほど~」

 以前に私が説明した通り、属性魔法は『魔力を帯びていない同じ属性』しか、操ることはできない。その為、他人の魔力を使って火の魔法を使うというのは不可能であり、生活魔法と同じ指南方法は取れない。

 他人の魔力で魔法発動したことなかったから知らなかった……あ、いや、そうか。フォスター家で貯蔵されていた魔力は『他人の魔力』だね。偶々あの時は無属性な盗聴魔法に使ったけど、あの魔力を属性魔法に使おうとしたら、何か変換魔法陣を間に挟まないと出来ないね。なるほど、魔法って存外、奥深い。

 さておき、こうして説明を聞くと私も『実践』したくなってきたなぁ。

「ルーイ、おいで」

「うん?」

 見学者のルーイを呼ぶ。素直に近くに来てくれたルーイを無遠慮に抱っこして、自分の膝に乗せた。私を背にして、真っ直ぐに座らせる形だ。

「私も指南してみたい!」

「ちょっと。ルーイを実験台にしないで」

「危なくないから大丈夫!」

 長女様には睨まれているが、これから実験台となるルーイ本人はくすくすと楽しそうに笑って、肩口に私を振り返ると「いいよ」って言ってくれた。愛しい。優しい。

 ルーイの身体にしっかりと腕を回し、彼女の手を取る。ルーイにはさっきカンナがした手順と同じく、じわじわと手の平に魔力を溜めてもらった。

「それくらい! いくよ~とりゃ!」

「わぁ」

 私達の前に、照明魔法が浮かび上がる。ふむ。上手く行った。人の魔力を使うってこんな感じなのかぁ。ちょっと楽しい。

「ふふふ、全然分かんない。アキラちゃんもう一回」

「はーい」

 勝手に満足してたらお代わりされちゃった。二回目は、一回目より努めてゆっくりやってみた。でも首を傾げたルーイがしばし静止した後、また「もういっかい」と言う。可愛い。何百回でもやっちゃう! その間ずっとルーイは私のお膝の上だもんね!

 と、ご機嫌になっていたら。次の一回で「うん」と言ったルーイが早速、自分で試行を始めて、あっさりと成功させてしまった。

「できた。ちょっと小さいけど……」

「優秀! ああっ、もう行っちゃった!!」

 成功した途端、素早くぴょんと膝から飛び降りたルーイは笑いながらさっさと離れて行く。悲しい……どうして……。凹んでいる私のことを、みんなが笑っていた。

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