第546話

「リコ? 座る?」

「ん、あぁ、ううん。戻る」

 立ったままでじっとナディアの手元を見ていたリコットに問い掛けると、彼女は言われて初めて違和感に気付いた様子で目を瞬き、苦笑してリビングに戻って行った。

 ナディアは今、私が伝えた靴のデザインを元にして足りない部分を描き足したり、型紙のイメージを描き起こしたりしている。リコットはこういう制作・製作風景に興味津々だから、ついつい見てしまったんだろう。この様子だとナディアが靴を作る時には見学に張り付きそうだな。かく言う私も見学したい気持ちは多分にある。

「道具を買うついでに、ナディの防刃手袋も用意しなくちゃねぇ」

「……どうも」

 一瞬「要らない」と言いそうな気配が漂ったが、リコットには必ず着けさせていることを思い出したのか飲み込んでいた。お姉ちゃんが外しちゃうと、妹も外しちゃうかもしれないもんねぇ。

「ところでコレ、便利ね。裏は……あなたの世界の単位?」

「あー、うん、そうだよ」

 巻き尺。メジャー。スケール。何て呼ぶのがいいかな。とにかく長さを測るテープ状のものである。私の世界でよくあるそれが見付からなかった為、自作した。なので自分にとって馴染みのある「ミリ」「センチ」の記載を表に、裏にはウェンカイン王国の単位を書いた。ナディアにとっては私側の単位が「裏」だろうが、私にとってはそちらが表である。細かいことなので指摘はしない。

「逆にこれがこの世界に無かったことを驚いたよ。どうやって生地の長さを測ってたの?」

「生活魔法に『測定』があるから、扱える人には必要ないわ」

 あ、なるほど。巻き尺以上に便利なものがあるんだった。そりゃそうだ。

「靴や服を作っていた頃の作業台には目盛りが付いていたから、私の場合はそれね」

「へぇ~」

 板状の定規は普通にあるので、それを扱うか、巻き尺みたいに紐状の方がやりやすい場合は、その度に作業台の目盛りや定規で長さを測った紐を作ったそうだ。

「これは伸びてしまったり、縮んでしまったりしないの? 素材は何?」

「素材は布だよ。特殊なコーティングがしてあるだけ。それが無いと確かに劣化することがあるし、引っ張ったら伸びちゃうね」

「なるほど……」

 私も今「なるほど」と思っていた。

 巻き尺が普及していないのは、劣化・伸縮のしにくい素材が少ないせいだ。私の世界だとプラスチックなどがあるが、木や布や革では湿気とか気温で伸び縮みすることがあって、それでは測定器としての役目が果たせない。それに加えて魔法での『測定』が使える人も居るから、躍起になって開発する必要も無かったってところか。

 測定魔法は、レベル4くらいだったかな? それくらいなら半数は無理としても、三割強は使えると思う。うーん、いや、平民だともうちょっと少ないかな。しかし「測れる人が居るなら道具よりも確実」という考えなんだろう。不便な世の中とも思うが、人々は協力し合って生きているんだな、とも思う。

 なお、私が布にコーティング剤として塗ったのはペンキと変わりないものだ。充分に布に馴染ませれば布の伸縮は無くなって、プラスチックテープと変わらない。とは言え何年も使ってみたわけじゃないから、その内、劣化などの不具合はあるかも。しかし当然のように測定魔法が使える私は「なんか長さがズレるな」と気付いた時に作り直せばいいという雑な考えである。本当に、自分で使う為だけに作った便利道具だね。

 なお、測定魔法が使える私がわざわざ巻き尺を開発して使っている理由は、魔法での測定が不慣れで、つい巻き尺が欲しくなるからである。多分、慣れてしまえば魔法の方が早い。まあ今回はナディアの補助に丁度良かったかな。

「でもみんな、そろそろ生活魔法も色んなものが扱えそうだけど」

「……習得の仕方が分からないのよ」

「うーん」

 私も生活魔法って、教え方がよく分からないんだよなぁ。天井を見上げて、首を傾けて、数秒の静止後、私は部屋の外に顔を向けた。

「カンナ~」

「はい」

 有識者が居るのを思い出した為、呼び付けるのである。するとカンナは扉前で佇んでいたのかと思うほどのスピードで部屋にやってきた。可愛い。撫でたいけど我慢する。

「生活魔法の教育って、どうやって受けた?」

「……そうね、貴族様だったわね」

 早速忘れつつあるナディアも可愛い。最初はあんなにピシっと礼儀正しく挨拶していたのにね。

 一方、カンナは戸惑う様子無く一つ頷いて、私の問いに答えてくれた。

「生活魔法は、特に才能のある方はふとした時に自ずと会得いたします。それ以外については、その魔法を扱える者からの直接の指南が必要となります」

「ふむ」

 自然と覚えない場合はちゃんと『やり方』を知っている人からの教育が必要ってことか。

「カンナも魔法の教育を受けているのよね。属性魔法は?」

「私には属性魔法の適性がございません。扱えるのは生活魔法のみです」

 これは本当のこと。私は王様から受け取った経歴書でそれを知っており、タグでも確認したので間違いない。ナディア達が全員、何かしらの属性に適性を持っていたのは偶々だったんだなぁと改めて思う次第である。

「でもカンナは、生活魔法がかなり達者なんだよ。測定も勿論できるし、お茶もそれで温度を見ながら淹れているんだって」

 彼女の淹れる美味しいお茶の秘密は此処にもあるようだ。そしてカンナが生活魔法に長けているのは、今回のケースから言ってもとても幸いなことだよね。

「どうやって教えるのか、実演できるかな? ナディに照明魔法とか」

「はい」

 無茶振りになるかもしれないと懸念したが、カンナはあっさりと頷いた。

「みんなもおいで~!」

 きっと聞こえているだろう他の子達も呼び付ける。魔法講座はみんなでやろう。特に生活魔法は属性と違って、みんな一緒に勉強できるもんね。こうして工作部屋に大集合した。

 うん、リビングでも良かったかも。私はすぐに自分基準で動いてしまうね。でも誰にも怒られなかった為、藪蛇にならないようにと口を噤んだ。

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