第545話
しかし彼女にそれを頼むとなると、心苦しい点が私にはもう一つある。両腕を組んで首を傾けたら、女の子達が不思議そうな顔で私を見つめた。
「ナディにはもう一つお願いがあったんだけど。靴のことまで頼むとなると、負担がなぁ」
「良いから言いなさいよ。負担は私が判断するでしょう」
そうかなぁ。ナディアは頑張り屋さんだからなぁ。むーんと口をへの字にしていたら、「なに」と更に促された。仕方ない。説明することにした。
「ミシンを手に入れようと思っているんだけど、ナディはミシンも使える?」
「ええ、使っていたわ。何に使うの?」
「エルフ印の魔道具には、ミシンが無くってさ――」
電力がまだ普及していないこの世界、ミシンは足で漕ぐのだ。自転車ペダルみたいなのを片足、または両足で踏んで、その力で針がダダダ……と動く、らしい。でもまだよく知らない。さっきも言ったがエルフにはミシンが無くて、洋服は全部手縫いだ。どうやら彼らが亜空間に籠り始めた千余年前には開発されていなかった人族開発の道具らしい。
だからもし、私が電動ミシンみたいなものを作ったらスラン村がまたぐっと豊かになるのではないだろうか。あの村は人員が少ない分、一つの作業が便利になるだけで大きく生活が違うと思うんだよね。効率をどんどん推進したい。つまり。
「魔道具化したいんだよね。だけど私はあんまりミシンに詳しくないから、機能面でナディから意見が欲しい。あと、試運転も手伝ってもらいたくて」
「それくらいなら別に負担でも何でもないわよ」
タグは『本当』を示してくれている。そういうものか。本人がそういうなら、いいか。また実験する時になったらお願いしますと改めて頭を下げると、ナディアは軽く承諾してくれた。ありがたい。
「まず二台を入手して、一台は分解して遊んで……」
「ミシンって高いのに……」
やや引いた様子でリコットが呟いた。買ったら即座に壊そうとしているのが怖いらしい。大丈夫、多分、直る。多分ね。
私の世界の最新ミシンほど高性能なものは無理だろうけど、せめて電動と同じくらい楽に動いてくれるものにしたいな。
「ところでミシンって何処で買えるかな? ジオレンで買える?」
「少し前に見たわ。南西の通りにあったわよ」
「おお!」
何から何まで、ナディアは頼りになるなぁ。感動した。もしかしたら元よりミシンとか、そういう裁縫関連に精通していた分、人より目に留まり易いのかもな。
場所を聞こうとしたら明日の午前中、一緒に行ってくれるって。助かるねぇ。じゃあ早速明日、買いに行こう。
「靴も、どんなものを作りたいかは考えてあるの? 早めに聞きたいのだけど」
「じゃあ工作部屋で話そう。カンナ、お茶のお代わりを持ってきて」
「はい」
ナディアを連れて工作部屋に行ったら、「また色々と始めちゃったねぇ」「アキラちゃんってすぐ自分で自分を忙しくするね」とリコットとルーイが言う声が聞こえた。思わず笑ったら、ナディアも横で笑いを噛み殺していた。
とにかくデザイン画をナディアに見せて、私が持っている素材と道具も全部見せて、必要になる追加の素材や道具を聞き出す。私の雑なデザインを見てすぐに、ナディアは作るイメージが出来たそうだ。そういうものなのだろうか。優秀な人って怖いね。言ったら「あなたがそれを言うの」と目を細められた。褒め言葉?
「ちなみにこれは誰のもの?」
「あ、カンナです」
討伐依頼があると、彼女は私と共に外へ出る。基本は結界や守護石があるし、私が居るから必ず守るけど、物防と魔防の高い靴というのは得てして歩く時の負担も減らしてくれるっていう副産物があった。地面からの衝撃吸収と魔力抵抗強って感じ。それらを丁寧に説明すると、ナディアも納得して頷いていた。
「素材は足りているから、必要なら、あなたの分も作れるわよ」
ほう。カンナとお揃いのブーツか。……いいね! 一緒に履いている未来を想像して楽しくなっちゃった。
「じゃあ余裕があったら私のも作って!」
「はいはい」
目が輝いた理由を察したらしく、何故かちょっと呆れた返事をされた。ナディアが提案してくれたことなのに酷いよ。
「ここまでして、カンナを傍に置く理由は一体何なの?」
「え、仕事中でも自分の女の子が傍に居る方が良いじゃん」
「……は?」
え? 何?
ナディアが固まっているのを見て首を傾けたら、一拍置いてからリビングの方から大きな笑い声が聞こえた。今度は何だ!
目を瞬いていると、リコットが笑いながら工作部屋を覗き込んできた。
「そ、そんな呑気な理由だとは、思ってなかったな、ふふ」
「えぇ~、大事な理由だよー」
失礼だなぁ。モチベーションが上がるって言うのは、パフォーマンスもぐっと上がって最高じゃないか。
「それにカンナなら、城に隠す必要も無いしね」
ジオレンに滞在していることが既にバレているのだから、連れている女の子の人数や容貌は把握されているかもしれないけど、わざわざ城へ紹介してやることもないだろう。女の子達だって王城なんかに放り込まれたら怖いだろうし、場合によっては私だけが少し離れて、ベルクらの傍に残すことも考えられる。城で働いていたカンナならともかく、平民の女の子にとったらそんなの耐えがたいほどに居心地が悪いはずだ。
「みんなが居ないところで頑張るのって、結構しんどいんだよ」
下手したら爆発しちゃう。もうすっかり王様達にはがっかりしているから、今後は余計にね。
ちょっと拗ねながらそう言ったら、ナディアとリコットは目尻を緩めていた。
「確かに、精神安定になる誰かは必要かもね」
リコットがそう言った時に、丁度カンナがお茶を用意して入って来た。
「ありがとう。しばらく休憩してていいよ」
「はい」
昼から連れ回してしまったからね。この隙間時間にゆっくり休んでいてほしい。
「カンナって――」
入り口付近の壁に凭れて立っていたリコットが、カンナが前を通り過ぎると同時にふと呟く。カンナはもう部屋を一歩出ていたが、角度的にまだ私からも見えた。振り返って首を傾けている。
「小さくて可愛いね~。近くで見ると改めて思った」
「ふふ」
目の前を通った頭が視線の位置にあってそう思ったんだろう。分かるよ。私もいつも思ってるから。カンナは少し戸惑った様子で目を瞬いた。
「あの、ありがとうございます……不便なことも多くございますが」
可愛い。照れている。リコットも同じような感想を抱いたのかニコニコ笑って、「棚の上は私かアキラちゃんが取るから大丈夫だよ、困ったら言ってねー」と言っていた。
踏み台も置いているけど、危ないからね、余裕をもって取れる人が取った方が良いよね。「言ってねー」と私も繰り返すように部屋から声を上げると、カンナが「ありがとうございます……」と小さく答えていた。うん、やっぱり可愛いね、カンナ。私の顔も無意識にニコニコした。
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