第544話

 洋服店から少し離れたところで、リコットが「アキラちゃーん」と私を呼んだ。肩口に振り返る。

「次は何処に行くの?」

「もうおしまいだよ。あ、でもみんなに何かお菓子でも買って帰ろうか?」

「わーい、賛成~」

 リコットの表情がぱっと明るくなる。「お菓子屋さんなら怖くない~」と歌うように続けたリコットが愛らしい。しかしご機嫌になってくれたことに安心し、ニコニコしながら帰ったはずが。帰宅するなりナディアへと駆け寄った彼女は「怖い店に連れて行かれた~!」って泣き真似をし始める。当然、ナディアにはめちゃくちゃ睨まれましたとさ。

 お高い洋服店の方はさておき、薄暗いあの店への付き添いはナディアしか駄目だから、次は事前に言うようにと強めに叱られた。はい。すみませんでした。リコットそんなに怖かったのか……。

「――それで、アキラちゃん。さっきの話。カンナを何処にでも付き添わせるって?」

「ああ、うん」

 六人でテーブルを囲み、買ってきたケーキをカンナに淹れてもらったお茶と共に頂いていると、リコットに話の続きを促される。

 話を知らない子達が首を傾げたので。一旦それをきちんと説明してから、あの場で止めた会話の続きをした。

「今後、城から依頼があった時には必ずカンナを付き添わせる。さっきの服はその時に着てもらう予定なんだ。つまり私の専属侍女としての『お仕事服』です」

 普段は平民に紛れる為に町娘の格好で過ごしてもらうけれど。その格好のまま城に連れて行ったら、貴族であるカンナが良くない目で見られるかもしれない。かといって過度に着飾ってしまうと、討伐仕事でフィールドに出る時は動きにくい。

 フィールドでも動けて、且つ、貴族として品もあるものを求めた結果、オーダーメイドをすることにした。

「じゃあ、不気味な店で買ってきたやつは?」

 洋服店の方を納得したら、怖かった方の店の買い物も気になってきたみたい。私は一つ頷く。

「あれはね、物防と魔防が高い靴を作りたいな~と思って、その為の素材なんだけど。……問題は私がエルフの知恵しか持っていなくて、作る技術が無いこと」

「大きい問題だねぇ」

 知恵が全て揃っているので繰り返し作ってみて練習を重ねれば、いずれは形になるだろう。しかし、それがいつになることやら。適任者を探して頼む方が早そうだ。

「――靴なら」

 その一言だけ小さく零したナディアは、自ら話し出したのに、みんなの視線を集めた瞬間、口を引き締めて眉を寄せる。沈黙の間に、みんなが順に首を傾けていく。

「いえ、靴なら、道具と素材があれば多分……私が、作れるわ」

「は、えっ、ナディ姉が!?」

 私も声こそ出なかったが、びっくりして目を見開いた。

 するとナディアの眉は、また真ん中にぎゅっと寄った。ナディアは集まる視線のどれにも応えようとせずに、何も無い床の一点を見つめる。

「母が、服と靴の修理屋で働いていたの。小さな頃から私も傍に置いてもらっていて、時々、簡単な手伝いをしていたわ」

 部屋がしん、と静かになった。

 これはナディアにとってあまり話したくないことなんだと思う。だけど「もういい」と止めるのも違うのかなって悩んで、私達は何も言えなかった。ただ黙って、彼女の言葉を聞いた。

「母が亡くなった後……父が働かないものだから、お金が無くて。私は母が勤めていたその修理屋で働かせてもらったの」

 彼女の父親がろくでもない男だったことは、あまり語られないものの端々から分かる。

 手先が器用な子だし、充分、仕事の役にも立っていたのだろう。だけど店主の方はもしかしたらナディアを不憫に思って働かせてあげたのかもしれない。下手なところで働かせるよりは、目の届く範囲に置いてあげようと思った可能性は高いと思った。小さな頃から見てきた子なら、尚更だ。

「修理が主だったけれど、仕事のない隙間時間で、一から服や靴を作ることもあって」

 店先には、少ないながらもそういう靴と服を並べていたそうだ。

 暇な時間に作って、売れれば儲けものということか。賢いな。修理の為に素材は多く持っていたんだろうし。

 そういう、一から作る際もナディアは手伝っていて、十二歳頃には一人でも作れるようになっていたとのこと。

「だから、その。当時作っていた範疇のものなら、多分」

 ほえ~。私達はやや間抜けな感心の声を漏らした。いや、本当に何と言えばいいのやら。すごい特技だよね。でもナディアは居心地悪そうに、眉を寄せたままだった。

「でもあなたが買っていたものは特殊な素材なのでしょう? きっと、普通の革とは扱いが違うのよね」

 あー、なるほどね。それはそう。私が持っているのは普通の革ではなくて魔物の革。今までにナディアが扱ってきた素材とは全く異なる。でも根底から違うわけではない。

「扱う道具が変わってくるだけだから、普通の革靴が作れるなら、可能じゃないかな~」

「道具?」

 私はナディアの言葉に頷くと、先程の怪しい店で買ってきた瓶を取り出した。せめてこれだけ買わせてほしいと最初に願ったものだ。

「これはね、特殊なコーティング剤なんだ。色んな道具の魔力伝導率を高めてくれる」

 魔力を籠めれば全ての魔物素材が加工できるわけではなく、素材ごとに、その性質に対応する魔力回路を道具側に作ってやらなければならない。だけどそもそも魔力伝導率が低いとその回路が入れられないので、このコーティング剤が必要になってくる。

 見つからなければ王様を顎で使って入手させようと思っていたが、あの店が置いていてくれて本当に良かった。

「えーと、つまり、市販の道具でも魔物素材を加工できるように、そのコーティング剤を使ってアキラちゃんが何とかするってこと?」

「うんうん、そういうこと」

 素材ごとの魔力回路をうんぬんは私が頑張って何とかする。靴作りの技術と経験をナディアによって補ってもらえるなら、光が見えてきたかもしれない! そう思って期待に胸を膨らませた直後。まだ視線を落としたままのナディアが、心配になった。

「……ナディにとって苦しい思い出なら、無理を言うつもりはないよ」

「いえ」

 一瞬、否定をしようとしたナディアは、途中でちょっとバツの悪い顔に変わった。嘘になってしまいそうだったんだと思う。

「大丈夫だと思うけれど……ごめんなさい、いざ作業を始めてみて辛くなったら、相談させて」

「うん、それでいいよ」

 改めて、正直な気持ちを告げてくれた。いや、告げさせてしまったのかな。申し訳ない。

 だけどナディアが無理だって言ったとしても、振り出しに戻るだけだから。何てことはない。そもそもナディアにその技術が備わっていることが私にとって幸運だっただけ。彼女が負担に思う必要は全くないし、ナディアの心がずっと大事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る