第543話

 その後、見たいものだけをタグ頼りにさくさくと確認した私は、一本の瓶を手に取る。

「おじさん、これって他の店でも売ってる?」

「……他ではおそらくあまり扱っていない」

「ふむ」

 欲しいのは瓶ではなくて中身だ。この中身、流石に私が一から素材を集めて調合するのは、今見えている情報だけじゃ難しい。

「じゃあこれだけ買わせて」

 おじさんは眉を寄せる。駄目なら適当に脅すだけだぞ。自分が大事なら頷いておけ。凄むタイミングを見計らっていると、おじさんが喉の奥で小さく咳払いをした。

「他にも何か欲しいものはあったかね」

「んー、あの棚にある、魔物のなめし革と、そこの糸かな」

「……ならば、合わせて買っていくといい。代金は先程の金貨で足りている」

 おや。買わせてくれんのか。でも金貨一枚だと、私が今選んだものは、若干足らんぞ。私が首を傾けたら、またおじさんの眉間の皺は深くなる。でも不機嫌な顔って言うより、バツの悪い顔だった。

「先程は申し訳なかった。品を正しく見定めている。おそらくは、私以上に。今後ともご贔屓に願いたい」

「おー、ありがとう。じゃあ遠慮なく」

 詫びだったか。なら甘んじて受けよう。品揃えが良いから今後も使えるなら私も助かる。ほくほくとご機嫌で買い物を済ませて店を出た。

「カンナ、まだ怒ってるの?」

「……はい」

「あはは」

 一見すればいつもと変わらない無表情だけど、不機嫌な雰囲気がびりびりと漂っている。店内に居た時よりも怒ってる様子が顕著になった。

「何も知らないとは言え無礼が過ぎます。謝罪をして済むものではございません」

「お~」

 厳しいねぇ。でも実際、私以外の貴族が相手だったら即座に何かお咎めを受ける可能性もある。こんなところに貴族は来ないと思っているのかもしれないが、レアな魔物素材の品揃えはあの店が一番だって冒険者の間では割と有名らしい。ヘレナが言っていた。となると、魔物素材に興味のある貴族様なら訪れる可能性はゼロじゃないよね。是非気を付けてほしい。今後も買い物したいので。

「ありがとう。もう大丈夫だから、ご機嫌直してね。どの道、思い通りにならなければ適当に脅すつもりだったし。何の不利益も無いよ」

「サラッと怖いこと言うじゃん~」

 最後のくだりに、後ろで控えていたリコットがケラケラと笑ったら、カンナが纏う空気も緩んだような気がした。いつもありがとうね、リコット。

「じゃ、次の店に行こう」

「もう怖いとこじゃないよね!?」

「あはは、うん、もう怖くないよ」

 今度は逆に明るすぎるような店だと思うから。そう思って次の目的地に到着すると、「別方向の怖さ」と言われた。あらら。

 そしてこの店も私達の来店に驚いた顔を見せたが、今回は戸惑いの色を見せつつもあからさまに嫌な顔は見せてこなかった。

「何かお探しでしょうか?」

 上品なおばさまがそっと近付いてきて、丁寧にそう告げてくる。正面に立つから立ち止まらざるを得ない。余計な客だったらこのまま帰されるんだろう。相手が変な圧力を滲ませてきたらきっとまたカンナが怒るので、そうなる前にちゃっちゃと相手の対応を変えさせなきゃね。

「オーダーメイドで服を作ってほしい。予算上限は特に無いんだけど、うーん、とりあえずコレが二十枚くらいかな~と思ってる」

 私が『コレ』と言って彼女にだけ見える形で出したのは金貨だ。つまり金貨が二十枚――日本円にすれば二百万くらいだね。その辺りが目安です。

「……畏まりました。奥の部屋で詳しいお話をお聞かせ下さい」

 一瞬、緊張の表情を見せた店員のおばさまは、一礼すると身を翻し、私達を奥の別室へと案内してくれる。

「アキラちゃんの方が怖い」

「え、何でよ」

「予算上限なしってところが」

「あはは」

 移動しながら囁いてくるリコットの言葉にまた笑う。ちなみに此処はお高めの洋服店。フルオーダーも受けてくれるというので、こうして訪れた次第だ。案内された個室には数名の女性が居て、彼女らが対応してくれる模様。

「デザインは私がざっくりイメージしたものだから、細かいところはお願いします。無理があったらそれも」

 話しながら、イメージ画を差し出す。私が午前中に頑張って作っていたのはこれです。そして「着るのはこの子」とカンナを指し示す。

「ではお嬢様は先に採寸を。その間に詳細を詰めましょう」

「うん、カンナ行ってきて」

「畏まりました」

 カンナは従順に私の言葉に従い、傍を離れて採寸に行く。リコットは私の横でじっとデザイン画を見つめていた。でも私と女性らが生地のこととか細かい装飾のことを話し込んでいるから、何も言わずに静かにしてくれている。

 いくつかデザイナーさんが提案してくれたものも取り入れ、最終のデザインと、使用する生地などが確定。

 そして提示された見積もりを見て、私は軽く頷いた。

「ちなみに、上乗せしたら完成を早めてもらうことは出来る? ひどい無茶を言うつもりは無いよ。良心的な範囲でさ」

 あんまり急かして杜撰な仕事をされても困るからね。そう告げると、一人の女性が「確認して参ります」と言って退室した。

 ちょっと待ちの形になった為、待ってましたと言わんばかりにリコットが少し私に身を寄せて囁く。

「どうするの、あれ」

「勿論カンナに着せるんだよ」

「何故……?」

 その問いに回答しようとした時。採寸を終えたカンナが戻った。「お疲れ様」と労って彼女を隣に座らせた上で、改めてリコットに向き直る。

「後でみんなにも話すけど、カンナには出来るだけ私の傍に付いてもらうつもりなんだ。ね」

 この件はカンナには既に話してあったので、彼女は当然、表情を動かさない。リコットは難しい顔で首を傾けて、一秒後にハッとして口を開いたが――。先程退出した女性が戻ったので、む、と口を閉じていた。可愛い。

「此方の価格一覧の通り、お支払い頂ける金額によって最短で八日での完成になります」

 今から総出で取り掛かればもっと早くすることも可能だそうだが、私と同じような要望で既にお金を積んでいる顧客や、長年この店を利用しているお得意様、優先しなければならない関係の御方なども居て、それらを加味して八日だそうだ。それはかなり頑張ってくれるスケジュールだろう。

「じゃあ八日でお願い。本当に助かるよ、ありがとう」

 告げると同時に早速もう支払いを済ませた。完成前には試着とサイズ調整もあるから、その日程も確認しておく。なお、この店の対応が非常に気に入ったので、既製の服をついでに数点購入した。

「今日だけでいっぱい金貨を見て目がちかちかする」

「はは!」

 店を出るなり目を擦りながらそう言うリコットが、とても可愛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る