第531話

 みんなで数え切れないほど「美味しい」と呟いたティータイムが終わると、私が最初にテーブルから離れた。

「さてと。カンナ、お茶のお代わりを二人分持って、工作部屋に来て。ゆっくりでいいから」

「畏まりました」

 そう言って先に工作部屋の方に行こうとした私へと、他の女の子達からの視線が集まる。

「えー、……音は消してね?」

「消しますが。仕事の話です」

 リコットの言葉に苦笑いでそう返して、そそくさと工作部屋に移動する。カンナと二人きりになるだけで変な想像をしないで下さい。普段の行いが悪いのは分かっているけどさ。

 数分後、思ったより早くお茶を持って工作部屋に来たカンナに扉を閉めさせて、作業台の角で斜めにカンナと二人で座った。作業台は大きいので、向かい合わせになると遠すぎるからね。

「改めて、今後のカンナの働き方について決めようと思います」

「はい」

 その為の呼び出しでした。カンナの美味しいお茶をまたひと口頂いてから、ぺらりと白い紙を取り出す。

「まずカンナは今まで、何時から何時まで働いて、いつがお休みだった?」

 聞き取りから開始。流石に年中無休の二十四時間勤務にさせるつもりはないので、私の傍に居る時も休暇は決めようと思っていた。カンナはその想定をしていなかったのか、ちょっと目を丸めている。でも私からの質問なので淀みなく答えてくれた。

 三日働いて一日休み、四日働いて一日休み、それが繰り返されるシフトだったらしい。対応に出ている時以外は侍女部屋での待機なので休憩時間はまちまち。入る時間も五種類あって、それぞれ休憩を含めて一日十時間の勤務だそうだ。

 侍女って、想像以上に長時間、働くんだなぁ……。

「ですが今後は王宮のあちこちを駆け回るのではなく、アキラ様お一人に付くことになりますので、この勤務時間はあまり参考にはならないかと」

 固定の『誰か』に付いているような、所謂『専属侍女』とは違い、カンナは今まで王宮全体を見て、必要に応じて出る侍女だった。だから働き方としては大きく異なるだろうと言う。なるほど。一理ある。

「専属侍女の場合、休暇は同様にございますが、勤務時間は仕える御方の『起床前から就寝後まで』となるのがよくある形かと存じます」

「おお……」

 感心して声が漏れてしまった。強烈な長時間労働だな。

 だけどカンナが言うには、呼ばれる時以外は待機しているだけなので、拘束時間は長いものの体力的に問題があることは少ないと言う。困った主人を持った場合には、馬車馬のように働かされることもあるみたいだけど。

 うーん、フォスターみたいな奴のところとか大変そうだね。勿論、私はカンナにそんなことは求めない。

「分かった。じゃあ、休日の周期は一緒にして、勤務の日はさっきみたいに朝食後のお茶淹れから開始」

 私の言葉にカンナはすぐに頷くことなく、ぱちりと一つの瞬き。

「……食事準備のお手伝いは、お休みの日も含め、同居人の行いとして許して頂けますか?」

「ふふ。うん、そうだね、共同生活の中で発生するお手伝いは可。程々にね」

「はい」

 ようやく此処で納得か。カンナを休ませるのは大変だなぁ。可愛らしい。

 さておき、朝はそれが開始で、夜はどうしようかな。私がお風呂を上がった後、髪に香油を付けてほしいし、その後に一杯だけ紅茶も淹れてほしいから、それで終了がいいかな。ただ、私だけ夜更かししてお風呂の時間が押すこともあるし、そういう時は臨機応変。私が不要と言えば即座に休んでよし。

 カンナはちょっと渋々な顔で頷いてから、「御用の際はお申し付け下さい」と付け足した。そんなに働きたいか。

 しかしこれだけじゃ、カンナがほとんどお茶係になっちゃうし、私の分の洗濯と、各種小物の日常的な手入れも任せてしまおう。細かいお仕事の説明をしつつ、一応、全部書き起こしていく。後々お願いしたいことが出てきたら増えるかもしれないけど、そういう追加もカンナに無理のない範囲で、相談しながらね。

「あとは、これ、王様から受け取ったんだけど」

「はい、引継ぎ用の経歴書ですね」

「今、見てもいい?」

「勿論でございます」

 何となく、カンナの情報が書かれた資料を、カンナの居ないところで見るのは気が引けたのです。じゃあ見ましょう。

 王宮侍女として働くこと一筋だったカンナなので内容は多くなかったが、気になる点を幾つか聞いたり、今までの仕事内容と彼女の特技などを元に、更に今後のことを相談したりして。一先ずのお話し合いを終えた。

「色々、私も手探りではあるからさ。不便はあるだろうけど、ゆっくり擦り合わせさせてね」

「……お気持ちはありがたいのですが」

 その時、カンナは憂いを含んだ瞳で視線を落とし、言い辛そうに呟く。

「この立場は、私が望んだことです。アキラ様に気を揉ませてしまうことは本意ではございません。あまり私にお気遣いなさらず、アキラ様のお心のまま御命令下さい」

 今後、私は何か新しい仕事を彼女にお願いしたり、働き方を変えさせたりする度に、カンナに対して「辛くないか」「不満は無いか」を問うだろう。私には真偽のタグが見える。カンナはその質問に対して、偽りを返すことが出来ない。

 そこまで見通した上で、カンナは今、それを『問われたくない』と言っているのだと思う。仕事に対して例え「嫌だ」と思ったとしても、飲み込んで働くことが彼女の矜持だとするなら。

 だけど私も、引けるところと引けないところが、あるんだよなぁ。

「確かに始まりは君からの言葉だった。だけど今は私の望みでもあるから、そこは覚えておいてほしい」

 まずその点だけ、言い聞かせるように伝える。カンナは静かに頷いて「ありがとうございます」と言った。お礼を言われる時点でちょっとズレている気もするが、細かいことはまあいいだろう。

「仕事内容を主人から『相談』されるのは、カンナにとっては戸惑いを感じてしまうんだね」

「……はい」

 ふむふむ。これも擦り合わせの一つだな。

「分かったよ。だけどカンナが体調を崩してしまうほど辛くなったらちゃんと教えてほしい。それだけは私も譲れない」

 大切な人が傷付いていたり、悲しんでいたりするのを知らないでいるのは嫌だ。カンナには出来るだけ長く私の傍に、可能なら『ずっと』傍に居てほしいので、限界になるまで沈黙はしないでほしい。

 切に願えば、カンナは軽く首を垂れた。

「承知いたしました。それが、アキラ様の御望みであれば」

「ありがとう」

 従順であることがカンナの望みで、甘やかすことが私の望みである以上、互いの願いを百パーセント満たすのは難しい。今回はとりあえず此処が、折衷案ということにしようね。

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