第530話

 ところが私の喜びとは裏腹に、目の前に並ぶ料理を見てカンナが少し視線を落とす。

「アキラ様は、ご自身で調理されるのですね……。申し訳ありません、私、料理の方は全く経験が無く……」

「それが普通よね」

「貴族様だもんねぇ」

 私も頷く。此処に居る全員がそれを当然だと思うんだけど。当の本人はとてもしょんぼりしていた。私の身の回りの世話がしたいと言っていたから、そういう面で手伝えない・補えない点があるのは悲しいのかな。

「気にしないで良いよ、カンナ。私は料理が大好きなんだ。特に、女の子に料理を振る舞うことがね。だから役目を取られちゃったら困るかな」

 そう言うと、みんなが補足するみたいに「アキラちゃんは十日に一回の交替が限界なの」と、交替制の相談をした時の可哀想な私の話をぶっちゃけていた。別にその話じゃなくても良いじゃん。でも一番分かりやすいのは同意。そうしてカンナが私の料理好きを納得するまで見守ってから、締め括るように口を挟む。

「みんなにもお手伝いしてもらうことはあるから、カンナも出来る範囲でいいよ」

 苦手なことや出来ないことまで無理しなくていい。誰にだって得手・不得手ってあるものだからね。私が細かいこと――例えば彫刻板を嫌いなようにね。そう思ったが。

「お手伝いはしたいので、その、お手数ですが教えてください」

 真面目だ! 私とは違う!

 まあ、経験が無いだけで、料理が嫌いかどうかはまだ分からないか。物は試しだ。そんな健気なカンナの様子にみんなも何処か嬉しそうに笑って、頷いていた。

「ところで……思ったよりカンナの服、普通だね。これなら全然、目立たなさそう」

 不意にリコットが言って、釣られるようにみんなでカンナの服を見下ろす。

 私も同意を示して頷いた。『綺麗めの服装を好む子』の範疇だね。よく見れば明らかに質の良い服なんだけど、そこまで近くで見る者も居ないだろう。というかそんなレベルの接近は私が許さん。私の可愛い侍女に近寄るな。

「うーん、町娘の格好したカンナが堪らなく可愛いな」

「本音が一切の躊躇なく漏れてる」

「今そんな話してないのよ」

「はい、ごめんなさい」

 なお私達の会話にカンナは目を瞬いていて、無表情でもやや困っているのが分かる。それも可愛い。口に出すとまた怒られるだろうから、ぐっと飲み込んだ。

「今日はどうする? カンナにジオレンを案内する?」

「んー、そうだね。午後からのんびり行こうか」

 街の案内は早い内に済ませてあげないと、生活していく上で不便だろうから必要だね。ただ午前の内に行くのもちょっと慌ただしいし、ゆっくりで良いだろう。

「あまり大所帯でも困るでしょう。アキラと、もう一人見張りが居れば良いわ」

 うん、こんな時でも私にはきちんと見張りが付くようです。分かってた。

「あ、見張りってのはね、私が一人で出掛けると『余計なこと』しかしないから、女の子達がいつも見張ってくれるの」

 意味が分からないだろうカンナにそう説明を付け足したところ、首を傾けたのは女の子達の方だった。

「この説明でいいのかしら……」

「まあ、間違ってはいない?」

 他にどんな説明があるんだろう。私には分からない。最後に私が首を傾けたところで、全員が首を傾けている状態が完成してしまった。

「要するにアキラちゃんのフォロー役かな」

 結局、ラターシャがそのように柔らかな言い方に変更する。そうだね、この世界について分かっていないこともまだまだありますのでね。そして私の説明不足と遅延もある意味で『補って』もらっているので、フォローなのだろう。カンナも理解した様子で頷く。

「じゃあ今日の見張りは、私が行こうかな」

 ついでのようにラターシャがそう申し出てくれたことで、午後は私とカンナとラターシャの三人で街を散策することが決定。その辺りで、ぽつぽつと朝食を終えてみんなが食器を片付け始めた。

 お片付けはいつも女の子にお任せする私は、空いたお皿を渡すだけである。カンナも一緒にお片付けに混ざっていた。可愛い。女の子達が仲良くなっていく。

「アキラちゃん、コーヒーでいい……あ、えーと」

 いつもの調子でリコットが食後の飲み物を私に問い掛けようとしたが途中で止まり、カンナへと視線を移した。カンナは私の方をじっと見つめている。瞳がちょっと輝いていた。

「お茶をお淹れいたしますか?」

 私は幸せな気持ちを噛み締めながら目尻を緩め、一つ頷く。

「カンナと他の子も含めて、全員分でもいいかな?」

「はい、問題ございません。ご用意いたします」

 表情も声も普段通りだったけど、少し嬉しそうに見えたのは、私がそうであってほしいと思ったからかな。どうかな。

 諸々のお片付けを終えて全員がテーブルに集合する頃を見計らって、カンナが全員分を淹れて並べてくれた。そのお茶を飲んだ女の子達は、ひと口目で揃って感嘆の声を漏らす。

「こっ、れは……すごいね」

「美味しいわね」

 リコットとナディアが溜息交じりにそう告げる傍ら、ルーイとラターシャは目をきらきらさせてお互い目配せしている。その感動の共有方法は愛らしいな。

「は~、カンナのお茶が家で飲める幸せ……」

「恐縮です」

 しかもこれがほぼ毎日飲めるんだよ。欲しいって言ったら出てくる。なんて幸せなんだろう。

「え、本当にすごい。これは何が違うの? 葉っぱ?」

 ちょっと前のめりにリコットが尋ねている。本当にびっくりしたようだ。可愛い。

「勿論、アキラ様にお出しするものですので茶葉も質の良いものを揃えておりますが、葉によってそれぞれ、相応しい温度や蒸らし時間、淹れ方、茶器もございまして……」

「葉っぱごとに茶器から違うの!?」

「はい。この茶葉であれば必ずこちらの、ガラス製の茶器を使っています」

 そう言ってカンナが指し示したテーブルの上の透明な茶器を、みんなが食い入るように見つめている。彼女のそういう細やかな拘り一つ一つが、この美味しい紅茶に繋がっているらしい。

 一つの葉に一つの茶器というほどではないそうだが、カンナは九つの茶器を持ってきており、使う葉っぱによって使い分けていると言う。また季節や日々の気象によっても温度や蒸らし時間には少しずつ違いが出るんだとか。うーん、職人技。みんなで感心しながら、美味しい美味しいとカンナのお茶を堪能した。

「アキラちゃんが他の紅茶をもう飲めないって言うの分かる……本当にもう飲めないかも」

「ははは、でしょ~?」

 ようやく分かってもらえましたか。何故か得意げになる私の横で、カンナは少し目を細めて、「いつでもお淹れ致します」と言った。やっぱりちょっと声が嬉しそうな色になっている気がした。

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