第529話

 全員の寝支度が済んだ頃、女の子達がカンナにお部屋の案内をしてくれていた。カンナから預かったトランクケース二つは既に彼女のベッド脇に出してある。女の子達はその荷物についても「明日以降でゆっくり片付けたら良いよ」「スペースは空けてあるから」と説明していた。親切だな~可愛いな~。

「……それで。連れて来た張本人は何をしているのよ」

「あはは」

 案内をみんなに任せっきりにしていたら、ナディアに苦言を呈される。思わず笑ってしまったものの即座に「ごめんなさい」と付け足した。

「カンナから預かった棚を置く場所を見定めていました」

「棚?」

 茶器などを入れてある棚だ。これは使うものなので、私の収納空間で預かっておくわけにはいかない。台所の一角に出してしまおう。出すときに手間取らないように、今は寸法を測っていた。

「カンナ~。棚、此処に置いていい?」

「はい、ええと、圧迫してしまうでしょうか」

「大丈夫だよ~」

 ちなみにカンナが言うに、この棚は屋敷を貰う時に置こうと思って用意していたものらしい。つまりカンナも、このような共同生活のアパート内に設置するつもりであったわけではなく、大きな荷物を申し訳なく思っていたそう。しかしそれは全て私の唐突な計画変更が悪いので、カンナは全く悪くないですね。

「大事な棚なの?」

「……はい。この棚には魔法が掛かっておりまして」

「ほう」

 そんなものがあるのか。言われてみれば、微量でありつつも魔力の気配がある。

「茶器や茶葉を、適切な温度、湿度で保ってくれるのです」

 私がカンナの紅茶をとても気に入っていた為、出来るだけ質の良いものを出せるようにと思って用意してくれていたとのこと。ということは、またしても自分の為じゃなくて私の為だな。もう本当に健気で愛しい。

「ありがとう。君のお茶を毎日飲めるのが、楽しみで堪らないよ」

 嬉々として棚を設置した。腰より低い棚が二つなので上下に重ねても天井までは余裕があったが、その場合倒れてこないように色々と工夫が必要になるし、上の段はカンナが届かなくなってしまうね。横並びでいいだろう。それにこの高さなら、棚の上で茶器の用意などをすることも出来そうだ。そう思ったら早速カンナが、棚の上にクロスを掛けていた。やっぱり作業スペースとして使うんだね。でもまあ、その辺りも今は程々にしなさい。寝ますよ、ほらほら、お仕事は終わりだよ。カンナを宥めて寝室の方へと促す。

 カンナのベッドは私のお向かい。寝室を入って右側手前が私のベッドだから、右側の奥がカンナだね。

 おやすみを言い合ってそれぞれ布団に入る。幸いカンナが寝苦しそうにする様子は無く、むしろ心配になるほど微動だにしないまま眠りに就いたようだった。安堵して、私も追うようにして眠った。

 そして翌朝。

 私はいつも通り一番に目を覚まし、身体を起こす。静かな動作を心掛けたものの、私がベッドから足を下ろした瞬間にカンナがパッと起き上がった。ふふ。

「まだだよ。もう少し横になってて」

「は、はい」

 条件反射で起きちゃったみたいだ。起き抜けで目が開かないのか、何度も瞬いている。愛らしい。

 私が「まだ」と言えば大人しく横になってくれたので、そのまま私だけ先に寝室を出た。さて。手早く身支度を整えたら、朝食準備だ。

 今日の朝食はこっそり良いお肉を使おうかな。熟成された高級ハムを取り出す。これでサラダとサンドイッチを作ろう。カンナも加わって初めての食事だからね~。これに合わせるなら、ポタージュスープは甘めのお野菜を使おうかな。

 こうして、いつもより若干ながらも豪華にした朝食。パッと見では分からないはず。食べてからのお楽しみだ。

「アキラちゃーん、そろそろカンナを起こしてあげないと可哀想かも」

「はは、分かった。じゃあ起こしましょう」

 次に起きてきたルーイが教えてくれた。カンナがずっとベッドの中でそわそわしているらしい。可哀相だね、起こそうね。ルーイと入れ違うようにして寝室に戻った。

「カンナ、起きて良いよ。顔洗って着替えたら、テーブルにおいで」

「はい」

 本当にずっと待っていたようで、ぴゃっと起き上がっていた。可愛い。急に起きてふらっとしない? 元気だねぇ。王宮侍女としての仕事では、もっと早くに起きていたんだろうな。

「何かお手伝いをいたしますか?」

 ちょっと驚くようなスピードで身支度を整えたカンナは、すぐに傍へと来てそう聞いてくる。働き者だなぁ。

「じゃあこれ、あっちのテーブルに並べておいて」

 人数分のカトラリーと専用の受け皿を渡した。ルーイも既に来ていたので、「一緒にね」と伝える。

「並べると狭いから、この容器に一人分をまとめて入れて、置いておくだけなの」

 ルーイが我が家のルールをちゃんと教えてあげている。良い子だねぇ。可愛いねぇ。

 貴族様がどんな食事をしているかは分からないが、例えばフランス料理のコースを食べる時みたいに左右に普通にカトラリーを並べると、今のテーブルじゃちょっと左右が狭いからね。

「狭いの平気?」

 貴族として生まれ育ってきたカンナが気掛かりなのか、ルーイは嫌味も全く無く本当に心配そうに聞いていた。

「問題ありません。侍女の食堂もあまり広くはありませんし、充分です」

 カンナも柔らかな声で応えている。貴族だけど、カンナは寛容で助かるよ。

「二人とも~、これもお願い」

 出来上がったお皿を調理台に並べながら呼べば、二人がちょこちょこ歩いてきた。しかしカンナは流石、給仕の様子はテキパキしていて美しい。並べているだけなのに動きが洗練されていて見蕩れてしまった。ルーイも私の隣で「侍女様だ……」って感心していて、丁度起きてきたラターシャとリコットがその様子に笑っている。

 その後、のんびり最後に起きて来たナディアも加わって、六人で朝食のテーブルを囲んだ。見た目は『いつも通り』である朝食に油断していたみんなは、ひと口目でぴたりと静止した。

「待って何このお肉」

「美味しい!」

 ふふん。気付いたか。特上の熟成肉です。どや顔をしていたら、ナディアが珍しくふっと声を漏らして笑う。

が来たものだからって、張り切っちゃって」

「あっ、本人が居ても揶揄からかう気だ!」

 ナディアはいじめっ子だ! 被害を訴えるつもりで非難の声を上げたのに、みんな一斉に声を上げて笑う。何さ、寄ってたかってさ! 私は口を尖らせた。

「ささやかな歓迎の気持ちです~」

 私の言葉にカンナは目を瞬いてから、「ありがとうございます、とても美味しいです」と言った。可愛い。そしてその言葉にタグが『本当』を出してくれてホッとする。ご令嬢のカンナのお口に合うかどうかは、少し心配だったんだよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る