第528話

 察しの悪い私のせいで冷や冷やしたが、何とかフラットに話すようになった女の子達が改めてカンナに挨拶をしている。可愛い。女の子が増えると可愛さが倍増するので、私の心は今まで以上に「可愛い」ばかりになりそうだ。

「あっ、そういえばカンナはナディと同い年だったかな。誕生日は?」

 みんなと話している最中だったのに私が話し掛けちゃったから、カンナが私の方に向き直る。ごめんなさい。

淡紅あわべにの月、八日目でございます」

「えっ」

 私より女の子達の反応が早くて、声を漏らしたのはリコットだった。私はワンテンポ遅い。まだ月の名前と順番が即座に一致しないのである。だけど女の子達が補足してくれるよりは早くなった。淡紅あわべには二番目の月。今は一番目の月だから。

「来月の頭だ!?」

 もう目の前じゃないか!

 カンナは日本で言う早生まれちゃんだったのか。ってことはナディアの方が数ヶ月お姉さんだね。いや、そんな場合でもない。

「危ないところだった。このタイミングで引き抜いて良かった」

 不思議そうな顔で私達を見つめるカンナの両肩をしっかりと掴んで、正面から彼女の顔を見つめた。

「カンナ」

「はい」

 彼女の目が私を見つめ返す。唐突に主人が真剣な顔で身を乗り出してきても冷静な顔を保ってくれるところが可愛いです。思考が逸れそうになるのを慌てて呼び戻した。

「これは私達のルールなんだけどね、誕生日は盛大に祝わなきゃいけないんだ」

「嘘を教えるのはやめなさい」

「本当だけど!?」

 即座に酷いツッコミを受けた。みんなの誕生日も盛大にお祝いしたでしょ! なんでそんなことを言うんだ!

 抗議したものの、ナディアはやや呆れた様子で溜息を吐いて私のことを無視し、カンナへと顔を向けた。

「アキラは誕生日を盛大に祝うのが好きなの。当日は覚悟……いえ、心の準備をしておいた方が良いわ」

 覚悟しろって言い回しは止めて下さい。そんな。酷いことをしているみたいな。私はみんなを幸せにするべく奔走しているだけなのに。

「とにかく来月の八日はカンナの誕生日祝いだね! 準備します!」

 落ち込んでいる場合じゃない。めげない。もう日が無いからそんな暇は無いぜ。早速リビングの暦に二重丸を付けておく。

「あの、ええと」

 微かに戸惑った様子で口を挟むカンナだったけど、私をじっと見た後で、「程々でお願いいたします」と呟くに留めていた。断れないことを察知したらしい。賢い。

 しかしあんまり豪勢にするとカンナは困っちゃうんだね。理解。程々の盛大にしよう。

「まあ、来月のことはさておき」

 カンナの誕生日があまりに目の前だった為に少し取り乱してしまったが。まずはカンナの新生活を整える方が優先である。

「今日はもうお仕事は無し。そして明日は私が起こすまで寝ているように」

 告げた指示に、カンナは私を見つめたままでしばし固まった。そして数秒後に何度も目を瞬いて、口を開く。

「いえ、私は……」

「寝ているように」

「アキラちゃん。圧を掛けないであげて」

 ずいっと身を寄せて有無を言わさないようにしたら、見兼ねたラターシャに怒られてしまった。はい。ごめんなさい。

「カンナのお仕事の詳しいことは、明日改めて相談したい。だから朝はまだゆっくりでいいよ。朝食はいつも八時半頃だから、八時くらいに起こすよ」

「……承知いたしました」

 ちょっと眉を下げていたので、本音では『渋々』というところか。八時はそんなに遅くない時間だと思うんだけどなぁ。もしかして時間の問題ではなくて、私より後に起きることが心苦しいのかも。徹底していてカンナらしい。でも明日は我慢してね。

「お風呂はもう入った?」

「はい」

 いつも私と会う前にお風呂入るもんね。じゃあ今日も後は寝間着に着替えて寝るだけか。あ、お化粧は落とすかな。城向けに着飾る為にちゃんとお化粧もしているんだったね。聞けばやっぱりお化粧は落としたいようだったので、カンナは洗面所にご案内した。好きに使ってもらって構わない。これからはカンナの家でもあるのだから。

 私と女の子達も既にお風呂は済ませている。適当に就寝準備に入りましょう。

「明日から、お風呂の順番どうしようか?」

 ルーイが不意に呟いた。あー。確かに。カンナを何処に入れよう。

「私よりは前に入ってもらわないといけないわね」

 尻尾をふさりと揺らしながらナディアが続けた。尻尾問題だ。みんなで「うーん」と言ったところでカンナが洗面所から戻る。一番近くに居たルーイが丁寧に、私達のお風呂システムを説明してくれていた。

「じゃあリコの次にカンナで、カンナの次にナディにしよっか。カンナが良ければね。一人じゃないと落ち着かない?」

「いいえ、問題ありません」

 順応力が高いな~と思ったけど、もしかして、あれか。私の時は侍女としてお風呂を手伝ってくれていたカンナは、自分が令嬢として実家に居る時は、される側なのか。それなら風呂場に他の人が居るとか、むしろ一般人より慣れているのかも。まあでも令嬢の時とは勝手が違うだろうからな。私はリコットの方に目をやる。

「もし何か困ってたら、リコ、教えてあげてね」

「はーい」

 カンナが洗い場に居る時は、リコットがお湯に浸かっている順番のはずなので。私のお願いを、リコットは何処か可笑しそうに眉を下げつつ快諾してくれた。二人はどんな話をするんだろう。うーん、まだ想像が付かないな。そう考えた瞬間、私はふとナディアとの幸せな団欒を思い出す。

「ナディは、寂しくならない?」

「なにが」

 思わず零れた言葉に、問い掛けられた彼女が怪訝に目を細める。だって、順番が変わってしまったらリコットとのお風呂での団欒が無くなってしまうんですよ。

 私が一生懸命にそれを説明すると、ナディアはそれでも疑問を解消できない顔で、首を傾けた。

「リコットと話す機会なんて幾らでもあるわ」

 仲が良すぎて一緒に居る時間を敢えて作ることもないみたい。結果、私の懸念していることの何が問題なのか分からない顔をしている。羨ましい。

 っていうか二人きりにならないとほとんど喋らないのって私とナディアだけだね。なるほどね。泣いてないよ。

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