第527話

 何だかよく分からないが、とりあえず仕切り直すように一つ、咳払いをした。

「まず私の家族を紹介するね。左から」

 女の子達がほぼ横一列になってくれていたので、左端のナディアから、ラターシャ、ルーイ、リコットと順に名前を告げる。

「ラターシャが、さっき話したハーフエルフの子。ラタ、それ取って大丈夫だよ」

「うん」

 室内で人を迎え入れる場合、耳まで覆う大きなヘアバンドをラターシャは身に着ける。今回も、カンナを驚かせないようにという配慮だったのだろう、着けた状態で居てくれた。彼女がそれを取って長い耳を晒す様子を、カンナが黙ってじっと見つめている。興味深そうではあるが、やはりその横顔に嫌悪らしい色は無くて安心した。まあ、これはカンナの性質というよりもウェンカイン王国の文化だろう。

「他の三人が、例の組織から攫って来た子達」

 カンナが微かに頷いたのを見て、私は女の子達の方に向き直る。

「王宮から引き抜いて来た私の侍女さん、カンナ・オドラン」

 この時、少しだけ違和感を抱いていた。女の子達はカンナを見つめているものの、視線が上がる時間が短く、あまりカンナの顔を直視しないのだ。

「オドラン伯爵家四女の、カンナと申します」

 そう言うと、カンナは軽く一礼をして、また顔を上げる。

「契約上、所属は王宮となっておりますが、私はアキラ様を主人と決めております。アキラ様の不利益となるような行いも、ご意向に沿わぬ行いも一切、致しません。これから宜しくお願い致します」

 なるほど。本来ならこんな風に言葉で信頼を求めても意味は無いが、真偽のタグが見える私の前で告げることで、この言葉が『本当』であることをみんなに証明したんだな。賢い人だ。

 一拍置いて、ナディアが半歩、前に出た。

 女の子達の代表として挨拶するか、もしくは順番に挨拶するかなーと思って、この時の私は何も知らずに呑気に彼女を眺めていた。

「ナディアと申します。卑しい身分でご挨拶させて頂く無礼をお許しください」

 ……ん?

「私共は平民の為、これから共に過ごす中で不調法をすることがあるかもしれません。その場合、可能でしたらまずは私の方に――」

「待って」

 今朝ナディアが言った「あなたは、全く気付いていないんでしょうね」という言葉が頭を過ぎった。

「うわ、そっか、身分が違うんだ!!」

 嫌な汗が噴き出てきた。みんなが視線を伏せていた理由もようやく理解する。この国では確か、話し掛けられている場合や許可されている場合を除き、目上の人の顔を直視するのは無礼の一つだ。私がこの世界じゃどう振る舞っても許される立場だったことと、生まれ育った国では身分制度が無かったことで全くこの考えが無かった。

 私は慌ててカンナとナディアを見比べる。ナディアはおそらく私の反応を予想していたんだろうし、素知らぬ顔で沈黙している。カンナの方は、ナディアをじっと見つめてから、二度、無表情のままで瞬きをした。

「アキラ様、まず私に発言をお許し頂けますか?」

「え、あ、勿論。自由に話して構わないよ」

 こうして発言の許可を求めてくるのだって、貴族社会のルールの一端なんだろう。上位身分である私が「待って」と間に入った状況の為、口を挟んで構わないかって許可を取るんだ。うーん、慣れないな。

 とにかく私の許可を得たカンナがナディアに向き直ったので、私は一旦、彼女の出方を見守ることにした。

「申し訳ございません。私の言葉と配慮が足りておりませんでした。ナディア、私へ、そのように接して頂く必要はございません。他の皆様も同様です」

 あ、うん、ちょっと嫌な予感。

「私はアキラ様の『侍女』として此処におりますので、伯爵家の出身であることは肩書として無効です」

 言わんとしていることは、まあ、分かる。

 例えば侍女長の出自がカンナより低くとも、侍女の中では立場が上であり、カンナは敬意を持って従う必要がある。そしてそれは当然、客人も同じ。客が伯爵より下位の男爵や子爵、もっと言えば平民であったとしても、侍女として働く以上、礼儀を尽くすべきなのはカンナの方になるのだ。

「アキラ様は先程、皆様を『家族』と仰いました。つまり、主人のご家族へ不調法が無いように気を配るべきは私であって、皆様ではありません。どうぞ私のことは『カンナ』とお呼び下さい。敬語なども必要ございません」

 一切の躊躇なく、当然のようにそう言い切ってナディア達に頭を下げるカンナを見て、私は何度も目を瞬く。

「お、おお……今度は逆側に振り切れちゃった」

「アキラちゃん、感心してないで何とかして」

「はい」

 小さな声でリコットに釘を刺されてしまった。はい、この状況を整えられるのが私しか居ないのは、もう分かりました。

「ええとね、ごめん、私が身分とかに疎いから、どうしても難しいことは相談してほしいけど、出来たらみんなにはフラットに仲良くしてほしい」

 こんな言い方で伝わるのだろうか。この瞬間に一生懸命、説明を考える。

「私に対しては、このままでいいよ。主人って立場だから」

 カンナは貴族だし、今も立場は王宮侍女。今後もカンナは貴族社会に顔を出す機会があるだろうから、変にフラットな言葉遣いを慣れさせたら、そっちでぼろが出てしまってカンナの立場が悪くなるかもしれない。

「でも他のみんなとは、全員平等。誰が偉いとかは無し。……それじゃ駄目かな、カンナ」

 私がカンナだけにこれを問うのは、無礼講には上位身分の許可が必要になるだろうってことと、無礼講に一番ストレスを感じる可能性があるのはカンナだと思ったからだ。うう、本当に、ナディアが呆れるのは今更よく分かる。こんなこと、最初から気付いて、考えておくべきだった。カンナがご令嬢なのは分かっていたのに、みんなとの『身分差』って発想が出なかったんだよなぁ。

 ぐるぐると反省しつつ、不安な気持ちでカンナの反応を窺う。彼女は顔を上げ、いつもの澄んだ瞳でじっと私を見つめた。

「いいえ、アキラ様の御指示でしたら、そのように。ですが、一点……」

 カンナの視線が私から外れ、戸惑うように彷徨さまよう。むむ。何か気になることがあるらしい。緊張が高まる。

「その……私は、この話し言葉以外を扱えませんので、……口調だけはお許し頂けますか? 家族にもこのように話しているのです。どうにも、人に応じて切り替えることが、不得手でして」

「あはは。そうなんだ」

 ホッとしたのと同時に。内容が愛らしくて頬を緩めた。ちょっと真面目過ぎて振り切れている感じが、カンナらしい。

「君にとって楽な話し方がそれなら、それでいいよ。みんなも良いね?」

 振り返って確認すれば、女の子達が頷いた。そしてナディアがまた、カンナへと向き直る。

「じゃあ、私も普段通りに話させてもらっていいのね」

「はい、ナディア様」

 快諾を示してカンナが頷いたものの、ナディアがちょっとたじろぐ。困ったようにぺたんと低くなった猫耳が可愛い。

「出来れば、呼び名は『様』を抜いてもらえるかしら。……慣れないから」

「ええと……善処いたします、ナディア」

 ふふ。可愛い掛け合い。ニコニコした。仲良くなってくれそう!

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