第526話_ジオレン帰還

 カンナは言葉を選ぶように一瞬沈黙してから、改めて口を開く。

「私は全く問題ありません。確かに、六人ほど大人数での同室の経験はございませんが、二人、三人の部屋ならばございます」

 それは私にとってとても意外なことだった為、今度は私の方が目を瞬いた。

 王宮侍女としてカンナが働くようになったのは十六歳の時。本来、伯爵位出身の侍女であれば見習い時点から個室が与えられるそうだが、カンナはそれを選ばなかったと言う。

「乳母が、共同生活は必ず糧になると申しておりましたので、そのように申請いたしました。事実、その経験を経てとても視野が広がりましたし、今となってはこうしてアキラ様のお傍に付くことにも役立ちそうで……乳母の助言には感謝しかありません」

 まあ、確かに。乳母さんの想定したものではないだろうけど、共同生活の経験があるならナディア達との生活も然程は苦でないかもしれない。特に三姉妹が共同生活に慣れていて、上手に気を遣ってくれるのだ。実は家族以外と共同生活をしたことが一度も無い私が気楽に暮らせているのだから、それは保証する。

 そしてカンナは当時から他人との共同生活というものに戸惑いはあっても、ストレスを感じたことはあまり無かったと言った。頼もしいなぁ。

「ですから、私の方は問題ございません。むしろ、お嬢様方は……」

「大丈夫だと思うよ、カンナのことを心配してたくらいだから」

 そういえばルーイは頻りに緊張するとは言っていたな。珍しい気もする。でもその辺は姉達がケアするだろうし、なんだかんだ上手くやってくれると思う。うちの末っ子は強かさナンバーワンなんだ。って言ったら流石のルーイも拗ねそうだから言わないが。

「あと、服装について」

 忘れそうだった。改めて、今のカンナの服を確認する。流石に今日のものは彼女の私服だろう。やっぱり侍女服の印象に近くて、正装に近い洋服だった。如何にも『貴族のご令嬢』という印象だ。

「今みたいな可愛い格好、上等すぎて街中じゃ目立つから、みんなに合わせた格好をしてもらうことになると思う」

「勿論、アキラ様のご指示に従います。ただ」

「うん?」

 カンナは頷きつつも何処か不安そうな顔で視線を下げた。そんなに心配しなくてもみっともない格好をさせるわけじゃないよ? そんな言葉でフォローしようとしたが、令嬢にとってすれば平民の格好は全てみっともない内に入ってしまうかもしれない。勝手にぐるぐると不安になったものの、彼女が続けた言葉は全く違うことだった。

「実はこの格好も、私の普段着というわけではございませんので……そちらも一度、確認していただけますか?」

「あ、なるほど、今の格好は、城向けか」

「はい」

 救世主たる私の前に立つ服として、本来の『普段着』は城が許さないだろうという考えで、敢えて今日は少し着飾っているそうだ。実際、カンナを含め他の侍女も城下町に下りる時は目立たないように街娘の洋服になることが多いらしい。

 それにこの会話からも分かるように、カンナは私が何を気にしているのか、きちんと察してくれている。思ったより装いについては感覚の差異が大きくないかもしれない。少なくとも、話せば十分に分かってくれそうだ。

「じゃあその辺りは、アパートでまた話そう」

「はい」

「他には何か、不安なことはある? 先に聞いておきたいこととか」

 迎え入れる私達よりも、一人で入り込むカンナの方が多く不安を抱いているだろう。女の子達と会う前に、私だけに聞きたい、または告げたいことがあれば、ちゃんと全部すっきりさせてあげたい。私のその言葉にカンナは再び視線を落として、考える顔を見せた。

「……お嬢様方へ、お伝えしてはいけない内容などはございますか?」

 自分自身の不安じゃなくて、私を困らせることの心配か。愛らしく思って、目尻が下がる。

「今は何も。もし、伝えないでほしいことがあったらその都度ちゃんと言うよ。それ以外は一切制限しない。勿論カンナが話したくないことは、聞かれても言わなくていいから」

 カンナは私の目をじっと見ながら言葉を受け止め、しっかりと頷いて「承知いたしました」と答える。

 この子の目が、好きなんだよなぁ。じっと見つめてくる澄んだ瞳が、いつでも真剣に話を聞いてくれているのが分かる。

「改めて、カンナ。これから君と一緒に過ごせるのを幸せに思ってる。来てくれてありがとう」

「とんでもございません。私も、この日を心待ちにしておりました。誠心誠意、仕えさせて頂きます」

 うーん、可愛い! 抱き締めたい!

 でも今のカンナは侍女としての彼女だし、すぐに女の子達に会わせることになるので手を出すことは出来ない。我慢です。それにこれからはいつでも傍に居て、いつでも顔が見られるからね。

 じゃあそろそろ、行きましょうか。

 再度カンナに問題ないかを確認し、彼女が頷くと、今度こそ私達のアパートへと転移した。

 転移場所は室内なら何処でも良かったんだが。一応、普通に帰る時同様、玄関に出現する。また少しカンナはバランスを崩したものの、一度目に比べたら動かなかったにも等しく、自分で姿勢をすぐに整えていた。偉いねぇ。そんな様子を見つめてニコニコしている間に、私達に気付いた女の子達がソファから立ち上がる。全員で、ソファに座って待ってくれていたらしい。

「――ぁいたッ!」

「え?」

 立ち上がってすぐに、何故かリコットが叫んでバランスを崩した。

「ちょ、何!? 今なんで叩いたのルーイ!?」

「ご、ごめんなさい、ちょっと動揺して」

 ルーイが? リコットを叩いたの?

 よく見えなかったけど、確かにリコットが叫ぶ直前にバシッという音は聞こえた。今、彼女が手で押さえている右腰辺りを、ルーイが叩いたらしい。一体なんだ、どうした。

「大丈夫?」

 ちょっと笑いながら問うと、リコットも苦笑いしながら軽く手を上げていた。大丈夫みたいです。

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