第525話_二人きり
案内してもらったカンナの私室が、想像以上に広い。侍女様の私室ってこんなに広いんだなぁ。流石は王宮侍女。そして貴族出身の令嬢が住まう場所である。市中の宿の二人部屋より、やや広い印象を受けた。
さておき。カンナが持っていく予定なのは、先日聞いた棚二つと、衣類など私物をまとめたトランクケースが二つだった。貴族のご令嬢と思えば、かなり少ないようにも思う。でもカンナらしいな。
ちなみに棚二つは主に、茶器と茶葉だそうです。茶器もあるなら出し入れは慎重にしましょう。揺らさぬように取り込んで、トランクも吸い込んだ。
「準備完了かな。ご挨拶する?」
侍女さん二人をちらりと見てから、カンナへと問い掛ける。カンナも二人の方へ軽く視線を向け、そして私に頭を下げた。
「……お気遣いありがとうございます、少しだけ、失礼いたします」
「ゆっくりでいいよ」
お別れの時間を削らせるほど、横暴な主人になるつもりは無い。ただ――カンナは、私がそれを咎めようと咎めまいと、私を待たせようとはしないのだろうとも、思うのだけど。
「侍女長、ソフィア様、今まで大変お世話になりました」
「あなたなら何処へ行っても大丈夫でしょうけれど……身体に気を付けて」
「カンナとお茶が飲めなくなるのは寂しいわ。だけど、応援しているから。落ち着いたら、手紙を頂戴ね」
「はい」
ふむ。カンナを大事にしてくれていた侍女長さんとソフィアさんね。
私も感謝の気持ちと共に覚えておこう。彼女達だけじゃなくて、他にも大事にしてくれた人は、多く居るだろうけど、目に見える範囲だけでもね。
「お待たせいたしました」
本当に短い挨拶だったな。しかし私が居ると言えないこともあるだろうし、こんなものか。それにソフィアさんが言うように手紙くらいはいつでも書けばいい。ジオレンから離れた後もそのせいで王様達に私の居場所がバレてしまう事態になっても、別に構わない。カンナを想う家族や知人との縁を、私の都合で切らせてしまうつもりも無い。
「じゃあ、案内等々ありがとう」
私はカンナの肩を軽く引き寄せ、侍女さん達にそう告げる。そして二人が頭を下げたのを見守ってから転移した。
「――おっと。ごめんね、驚かせて」
「いえ、あの、申し訳ございません」
「ううん」
出現先で、カンナは少したたらを踏んだ。転移魔法は慣れるまでバランスを崩しやすいので仕方ないが、彼女の場合は、『転移先』のことを私が告げなかった為、光景を見て驚いてしまったのもあると思う。傾いた彼女が転ばぬようにと私が支えた。カンナはやや慌てた様子で体勢を整える。少しくらい凭れていてくれても良かったんだけどな。ちょっと残念。
転移したのは、ジオレンのアパートじゃなくって、周囲を木々に囲まれた森の中。以前、ヘレナを治療した場所だ。流石にカンナも転移先は何処かの屋内と思っていたのだろう。真っ暗な森の中だとびっくりしてしまうよね。
「先に、二人きりで話す時間が欲しかったんだ」
だからみんなに会わせる前に、この場所に来た。カンナは相変わらず私の短い説明で察してくれたようで、頷く頃にはもう、先程までの驚きの様子は消えていた。
「まず。何の打ち合わせも無い中で、満点の対応をありがとう! 君を選んで本当に良かった」
王様に対してカンナの引き抜きを報酬とさせた件だ。早くこのお礼を言いたくて堪らなかったので、いの一番に伝える。カンナは無表情の中でもほんの少し、目尻を下げたように見えた。
「少し戸惑いましたが、正解であったようで安堵いたしました」
「最高だったよ! でも、少し困らせちゃったことは悪いと思ってる。今後は相談しながら動けるから、もうあんなことは無いからね」
とりあえず立ち話もなんだから。二人用テントを張って、その中にテーブルと椅子を出し、向かい合わせに座ってもらった。
「普段はね、これと、もう一回り大きなテントを二つ張って、女の子達と馬車旅をするんだ」
カンナが加わるから、今後はどうしようか。二人用テントを三つにするか、三人用テントを二つにするか。どちらも用意しておいて、臨機応変にするか……うん、臨機応変が一番かな。二人用テントに私が『お誘い』することもあるからね。また準備しておこう。なお、馬車はもう一人くらい余裕で座れるので大丈夫だ。
「今はアルマ領のジオレンに滞在してるから、当分、馬車旅の予定は無いけど。此処もジオレンのすぐ近くにある森の中だよ」
「ジオレン……救世主様の大聖堂がある街でしょうか」
彼女の言葉に頷く。流石はきちんと教育を受けている貴族様。凡そ、場所も分かっているようだった。
「まだしばらくジオレンには滞在予定だ。興味があれば大聖堂も観に行くといいよ。私も他の子も、何度か行ってるし」
一番行くのはナディアだね。ルーイとリコットはあまり興味が無いみたい。ラターシャは主張しないもののナディアに付き添って偶に行くことがあるのを見ると、割と好きなのかも。カンナも一瞬だけ目を輝かせたので、きっと好きなんだと思う。
「で、この後で紹介するのは女の子が四人。内三人は、例の麻薬組織から攫ってきた子達で、一人は、ハーフエルフの女の子」
珍しい種族が唐突に話題に上がって、流石のカンナも一瞬だけ固まって、目を丸めていた。だけど嫌悪などの表情は全く無く、簡単に「行き倒れた少女を介抱したらハーフエルフだった」と伝えると、いつもの冷静な顔に戻って頷いてくれた。
そして現在は賃貸物件で共同生活を送っており、カンナも一緒に暮らしてもらうつもりだ――と伝えつつも。
「カンナにとって共同生活がストレスになるようなら、他の方法も考えようと思ってる。一人部屋じゃないと、やっぱり落ち着かないかな?」
全員で相談しようとは言ったけれど。女の子達を目の前にして「共同生活は嫌だ」とは言い辛いだろう、という配慮である。カンナは私を見つめたまま、二度、瞬きをした。何だかちょっと驚いているような顔で、最初に「いえ」と短く言った。
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