第524話_迎え
第二王子のことを考えて少し気の逸れた私に、王様は懐から取り出した封筒を一つ差し出した。
「それから、アキラ様。宜しければ此方を受け取って頂けますでしょうか」
「何これ?」
「王妃から預かりました手紙です。まだあまり綺麗な字は書けない状態で、見苦しい点もあるかもしれませんが」
一拍置いてから、私はそれを受け取る。求めたらすぐにペーパーナイフを出してくれたから、その場で開けた。短くも丁寧な字が綴られている。確かに流暢に書かれた様子は無いものの、歪とまでは言わない。元はとても美しい字を書く人だったのだろうと感じられる、そんな字だった。
内容は、先日私に放った言葉の撤回と謝罪。
私はそれを読み終えると何も言わずに収納空間へと放り込み、「読んだって伝えておいて」と告げた。それ以外に何も言うつもりは無かったので黙る。王様は一瞬の沈黙を落としてから了承を返した。
懺悔を受けてやる気は無い。だけど、憤って手紙を投げ返す気にもならない。だからこの話はこれで終わりだ。
王様は私の意を汲み取った様子で、そのまま報酬の話を進めてくれた。
いつもの五倍と要求したお金。うん、五倍ずっしりしている。数えるのは面倒なので数えない。王様が金額を言いながら出してくれているし、それに『本当』のタグが出ればそれでいいのだ。受け取りのサインを取り交わす。
「カンナは現在、自室で荷物と共に待機させております。正式な契約書を作成次第、そこまで移動いたしましょう」
「うん」
王様が並べてくれた契約書を見ると、既にカンナのサインが入っていた。先に記入を終えていたようだ。思わず顔がニヤけそうになったので、慌てて引き締める。いつもの三倍くらい私はキリッとしているぜ。ついさっき王妃の手紙でやや不機嫌になったのが嘘みたい。やっぱりカンナは最高の癒しなんだよな。
互いのサインを入れ終えると、王様は契約書と共に、何やら紙の束を手渡してきた。
「これは?」
「あ、説明不足で失礼いたしました、カンナの経歴書でございます」
従業員を異動させる際には必ず手渡される資料だそうだ。なるほどね。身分や経歴を保証するようなものか。受け取っておこう。契約書の控えと一緒に、大切に収納空間に入れた。
「じゃ~迎えに行くか。何処?」
正確な位置を尋ねれば城内図をテーブルに広げて教えてくれる。侍女らの私室は本館には無いらしい。城内にいくつも立ち並ぶ建物の内一つが指し示され、その建物の玄関前が転移先に指定された。王様とベルクも付いて来るって言うから三人一緒に転移する。
建物の前には二人の侍女が立っており、私達に向かって恭しく頭を下げた。
彼女らがカンナの部屋まで案内してくれるそうだ。そして付いて来たくせに王様とベルクはこの建物に入るのは控えるとのこと。流石に女性の居住域に、入り込む真似はしないんだね。
「カンナ連れて、此処まで戻ってくる?」
「いいえ、私共は此処でお見送りとさせて頂きます。彼女を宜しくお願い致します」
「うん、じゃあまた」
王様とベルクが頭を下げて見送ってくれて、私は侍女二人に連れられて建物の中へ入る。
中はあまり人の気配が無かった。というか、気配自体はそこかしこにあるものの、姿が見えない。私とカンナが立ち去るまでは出てこないように言い付けられているとのことだった。
客人である私の、警備上の問題みたい。今は女性の衛兵が付き添ってくれている。王宮内で私を害する者が居るはずもないが、念の為だね。ありがとう。
そしてこういう女性らの領域の多くは、女性の衛兵や騎士が警備を担当しているそうだ。男性が担当することもあるものの、基本は女性で構成されるんだと、案内の侍女さんが説明してくれた。
「女性兵っていうのは、この国だけじゃなくて、他の国でも多いの?」
「セーロア王国は実力主義の為、女性も多く騎士や兵士として名をあげているそうです。ただマディス王国とダラン・ソマル共和国は、文化的に男性職としている傾向があると聞いております」
「へー」
国によってその辺りは結構違うんだねぇ。共和国なんかは多種族の国だから、もっと色んなことに寛容な印象があったが、そうでもないらしい。そういえば共和国も、同性婚は認められていないんだったな。意外と保守的なのかも。
「しかしマディス王国は代々、女王を立てる傾向にある為、私共からすれば特にそのような文化がやや不思議なものに映るのですが」
「あ、マディスって女王なんだ?」
「はい、王族に女性が生まれなかった場合のみ、男性が継ぐと決まっているそうです」
「え~それは初耳。でも確かに面白いな」
女性が王位優勢なのに、女性の権利が認められているわけではないってことか?
「もしかしたら、職業と性別の結びつきが強いのかもしれないね」
「……なるほど、そのようには考えたことがございませんでした。確かにそうであれば、納得も出来ますね」
王と言えば女、兵士と言えば男。他にも、この職業ならこの性別って決まっている文化なのかも。そう思うと、随分と不自由な国だなぁ。私の勝手な印象だけどね。
クラウディアからの四か国の説明は簡易なものだったし、いずれは各国の文化ももう少し掘り下げて調べてみようかな。
そうこう言っている間に、目的地のようだ。廊下でカンナが待っていた。え、ずっとそこで立って待ってたの? そういえば今案内してくれている侍女さん達も、転移した時点でもう外で立って待ってた。やだ。ごめん。
カンナが一礼してくれるのと同時に、私は「ごめん」と言った。カンナは不思議そうな顔をする。
「いや、待たせちゃったかなと思って。中で座って待っててくれて良かったのに。侍女さん達も今更だけど、外で寒かったでしょ」
私の言葉に、彼女らは一様に目を丸めていた。そしてすぐ、カンナの目が少し優しく色を深めたように見えた。
「いいえ、短い時間でございます。侍女にはこのような仕事が多くございますし、各々で対策も取っておりますので問題ありません。お気遣いありがとうございます」
カンナがそう言って頭を下げると、侍女さん達も揃って頭を下げてくれた。うーん。君達がそう言うなら、しつこく言っても仕方ないな。
「ならいいけど、これが終わったら、ゆっくり休んでね。ありがとう」
この後のカンナの体調は私が見るのでいいとして。二人の侍女さんには改めてそう告げておく。すると彼女らは何処か安堵した表情で、また小さく会釈した。
もしかしたらこの二人は、カンナと親しかったのかもしれない。比較的優しい言葉を扱った私を見て、たった一人でこの地を離れることになったカンナを案じていた心が、緩んだように見えたのだ。
勝手な想像だけど、そうだったら嬉しいと思った。
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