第523話_ウェンカイン王城再訪

 食べて寝るだけで過ごした私は、翌朝にはすっかり全快で、いつも通りみんなの朝食を作った。すると、起きてきたみんなにめちゃくちゃ怒られた。病み上がりなんだから勝手に台所に立つなって。そんなぁ……。

「夜には侍女様を迎えに行くんでしょう。その代わりは誰も出来ないのだから」

「確かに……?」

 だから不調にならないように、代われる役は他に回せということらしい。納得。反省しています。もう動けるから「みんなの朝食を作るぞー!」って、はしゃいでしまった。昼と夜は今日も女の子達に任せることにします。そこまで告げたところで、ようやく許してもらえた。

「あー、もう今夜、連れて帰ってくるんだねぇ」

「ちょっと緊張してきた……」

「やめてよルーイ、言われたら私も緊張するから」

 子供達が可愛いことを言い始めたから頬が緩んだ。ナディアとリコットも同じ気持ちみたいで、口元に笑みが浮かんでいる。

「今更だけど、同居人を急に増やしてごめんね」

「本当に今更ね」

 急に思ったのです。ナディアは手厳しい。

 何度も言うがスラン村に移住した頃に引き抜く話はあったものの、一緒に住むのではなくカンナの屋敷を女の子達とは別に用意するはずだった。つまりこの部屋に加えるほどの密接な共同生活は誰も想定していなかったのだ。

 私は引き抜いた本人だから一緒に住むのも当然のように大歓迎だけど、それに付き合わされる女の子達……いや、この子らだけじゃなくて、カンナの方もどうなんだろう。本当に今更だが、色々と心配になってきた。

「どうしても誰かのストレスになっちゃうようなら、もう一つ部屋を借りて、私とカンナだけ移るのも手段の一つかなぁ」

 ぽつりと呟いてみる。当然、カンナ一人だけを余所にやる気は無い。っていうか、私の侍女なんだから私の傍に居てもらわないと困る。だから全員一緒の共同生活が難しいなら、これが一番の代替案ではないかと思ったんだけど。みんなはやや困った顔をした。

「それだとアキラちゃんの見張りが手薄になるね」

「私が一番の問題だったか~」

 どうしても私を見張る話が戻ってきちゃうね。うん、そうだね、昼寝にも見張りが付く私が、別の家で生活するとか許されるはずが無かったのだ。うーん、となると、どうしようね。

「いや、まずは彼女と話そう。今後のことは全員で相談しよう」

「そうだね、本人が居ないと、何ともね」

 私達だけで考える対策では足りないとか、逆に行き過ぎる可能性もあるからね。

「けれど実際、一番の問題は……」

 不意にナディアがそう呟いて、でも最後までは言わずに口を閉じる。全員の視線が集まると、ナディアは私の顔をじっと見つめて、酷く呆れた表情になった。

「あなたは、全く気付いていないんでしょうね」

「え、なに?」

「……今夜のお楽しみで」

「えぇ?」

 教えてくれないの? 何故?

 視線を周りに向ければ他の子らは苦笑していた。え、もしかしてみんなは何のことか分かっているのか。私だけが首を傾ける。一番の問題? 何だろう?

「……あっ、服?」

「はい?」

 違うらしい。違うと言うことだけはもう分かったが、「その心は」と聞かれたのでちゃんと答えることにした。

「令嬢の服だと街中では目立つだろうし、町娘っぽい服が必要かなって」

「あー、それはまあ、そうだねぇ」

 私が知っているカンナの服は侍女としての制服と、一晩を共にする時に着てくる高級な寝間着。あとは最初のお披露目で着ていたドレスだね。どれも彼女自身で選んでいる服ではなくて城からの支給品だ。つまり普段着を知らない。貴族令嬢の普段着ってどうなんだろう。流石に社交界で着るようなドレスほどの服ではないだろうが、平民と同じレベルの洋服であるはずもない。

 ともすれば侍女服が一番近いかもしれないな。あれは統一感を出す為に同じ形にしてあるみたいだけど、形はメイド服とは全く違う。高位な客の接待役をすることもあるのだから、洋服以上、ドレス以下って感じ。

「侍女様って、この中の誰かと背格好は似てる?」

 なるほど、似ていたら揃える前に一先ず貸すって選択が出来たんだな。でも私はその問いに首を横に振った。カンナは標準より小柄だから、誰とも似ていない。

 ただ、同性だし、代わりに買ってくることは充分できるだろう。すぐに外に出なければならない理由も無いので、必要なら外出前に私達で整えてあげましょう。

 こういうことを先に気付くと段取りもしやすいな。――そう思うのに。『一番の問題』とやらは分からないままである。どれだけ難しい顔をして悩んでみても分からなかった。

 夜、カンナが来たら分かるとのことです。どうして教えてもらえないんだろう……。

 結局それ以上はヒントも頂けず。分からないままで夜を迎える。いざ、そろそろお迎えの時間だなと思うと、楽しみが強くて悩みは吹き飛んだ。もとい、忘却した。

「――それじゃ、行ってきます!」

 声が完全にウキウキしている為、リコットとナディアが苦笑しつつ「行ってらっしゃい」と言ってくれた。

「う~緊張する」

「だからルーイ、言わないで……」

 一方、子供達はそれどころではないらしい。可愛いんだよなぁ。二人のケアは姉組に一旦お任せするとして。私は緩んだ顔を引き締めた。ふにゃふにゃの顔で、王様の前に出るわけにはいかない。キリッ。よし、行こう。

 転移すると、前回とは違うやや豪華な応接間だった。今日はベルクも居る。晩餐に呼ばれた日を除き、こうして二日後に訪れたらベルクは居ないことの方が多いんだけど。何かあったかな。そう思ったのは一瞬のことで。王様と並んで頭を下げてきたのを見て、ああ、改めて礼を告げる為かと納得した。

「先日は、誠にありがとうございました。王妃は順調に快復をしており、昨日、座ることが出来るようになりました。来月には歩くことも可能になるだろうと医師が申しております」

「そりゃ良かった」

 流石に一人ですいすい歩くことは来月じゃ無理だろうけど、支えを付けつつ、ちょっとずつ歩く練習を始めるらしい。早ければ今月中に、立つ練習には入れるかもしれないとか。本当に順調そうで何よりだ。

「馬車移動に耐えうるだけの体調になり次第、王妃は城へ『護送』し、城の外れにある塔に幽閉いたします。今の屋敷も従業員を含め全て解体し、フォスター家との繋がりの可能性は排除する予定です」

 そうだね、それが無難だと私も思うよ。なお、現在その屋敷で一緒に暮らしているクラウディアとアティリオは、王妃の移動と合わせて王都に戻る予定だそうだ。

 ふーん。となると、問題のアティリオ第二王子とも、いずれは顔を合わせることになるのかな。その時までに、私に殺されない程度には大人しい子に調教してくれると良いんだけど。

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