第522話

 次に目を覚ましたのは、夕方よりちょっと前。ちょうど日が暮れる頃で、部屋は夕焼けの色になっていた。

 私はリコットの膝ではなくちゃんと枕で寝かされていたけれど、リコットはまだ枕の横に座っていて、私は彼女に寄り添うように寝ている。自分で寄ったのか、私が寂しくないように傍に座ってくれたのか。何にせよ、上からは退かせたもののあのまま離れずに居たのだろうか。かなりの時間が経っているはずだが。

「リコ」

 呼ぶと、少し声が掠れた。寝すぎかな。私の小さくて聞き取りにくい声にすぐに応じて、リコットが振り向く。そしていつものように、優しく笑ってくれた。

「具合はどう?」

「平気。リコは、ずっと居たの?」

「ううん、ちょいちょいトイレに行ったし、お菓子休憩もしたよ~」

 そう話す彼女から『本当』のタグが出ていて安堵する。縛り付けていたなら申し訳なかったから。だけどきっと今教えてくれた一部の時間以外は、ずっと傍に居てくれたんだろう。

「リコは優しいね」

 改めて彼女に寄り添いながらそう言えば、リコットは可笑しそうに眉を下げる。

「どうかなー。私はこの家じゃ一番、薄情だと思うよ」

「えぇ?」

 薄情だなんて言葉は全くリコットに似合わないが。大体、「この家」の中に私が入るとしたら、いや入れてくれないと泣くんだけど、絶対にそれは違う。薄情者一位の座は譲らないぞ。

「……私はね、アキラちゃん」

 反論しようとした瞬間。リコットが静かな声で、そして何処か寂しそうな声で話し出したから、思わず口を噤んだ。

「大事な人しか大事じゃないから。通りすがりの人まで、助けたくはならない」

 微かに眉を寄せ、苦い顔でリコットはそう言った。視線は壁の一点を見つめていて、私じゃない誰かに話しているみたいだった。

「もしも前の私と同じ境遇で苦しむ人が目の前に居ても、私は助けないよ。どうでもいいから」

 タグ曰く、これは本音であるらしい。だからこそ、彼女は悲しい顔をするんだろうか。だけどそれって『薄情』なのかな。私にはそれがよく分からない。

「大事な人が大事なら、別に薄情ではなくない?」

「……そう?」

「そうだよ。だって、助けられる範囲って誰にでも限界があるでしょ。バカみたいな量の魔力がある私にだって限界はあるのに」

 か弱い普通の女の子であるリコットなんて尚更だ。ちょっと魔力は高くっても、まだまだ戦える力には程遠い。慎重になる方が正しいと言っても過言ではないはずだ。

「リコが他の人にまで手を伸ばさないのは自分の限界を知ってるからで、無理をしたら自分自身や、本当に大事な人を守れなくなるからだ。それってすごく大事な判断だよ」

 きっとリコットは、自分が傷付いたら悲しむ人が居ることを、よく知ってる。だからリスクのある行動を常に控えているのだ。いつも一歩引いて、状況を見ている。私はその辺りをよく間違えるから、その姿勢を尊敬することはあっても薄情だなんて少しも思わない。それにこの家のみんなに何かあればこの子は絶対に前に出るはずだから。やっぱりそれを薄情とは言わないよ。

 熱心且つ丁寧に伝えても、リコットはくすぐったそうに笑ってから、ちょっと首を傾ける。

「そうかなぁ。みんなが優しすぎて、よく分かんなくなる」

「まあ、優しい人って確かに途方もないよね、そんな気持ちになる感覚は私も分かるよ」

 君らを見ていると本当にそう思う。いつもね。彼女らの魂を示した守護石の美しさを思い出して、寝転がったままで何度も頷いてみる。

「アキラちゃんがぁ?」

「えー当然でしょ」

 そこを疑問に思う方が余程分からないけどなぁ。私が更に首を傾けると、リコットは笑いながら、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「熱、随分下がったね。起きられそう?」

 このお話はもう終わりみたい。リコットがそう望むなら、それでいいかな。私はニコッと笑い返す。

「うん、もう元気になった~」

「聞いておいてなんだけど、全然信用できないや。ナディ姉にも見てもらおうかな」

「ひどい!」

 嘘じゃないのに。よっこいしょ。身体を起こす。うむ、まだちょっとだけ怠いけど、反動が出ている間に消耗しただけだ。反動自体はほとんど残っていないと思う。

「いっぱい拘束してごめんねぇ、リビング行こう~」

「拘束されてないよ」

 優しいからリコットはそう言うけどね。申し訳なくは思うんですよ、私みたいな奴でもね。

 二人揃って寝室から出れば、他三人はリビングのソファでのんびりとお茶をしていた。

「あ、やっと出てきた~終わったの?」

「終わる? なに?」

 私はさっきまで寝ていただけなんだけど、何かをしていたことになっているのか? ルーイの言葉に首を傾けると、ルーイも真似するみたいに首を傾けた。何それ可愛い。

「話し声が聞こえてたけど全然出てこないから、イチャイチャしてるんだと思って」

「……共同の部屋だから控えてくれる?」

「えっ、何にもしてないのに怒られたんだけど!」

「あはは」

 いやいや、リコットさん。笑う前に一緒に否定して。変な感じになるでしょ、ねえ。

「ちょっと話してただけだよ」

「ふーん?」

 ちっとも信じていない顔でルーイが相槌してくれる。なんだよう。私は肩を落とした。

「こんなに疑われるなら、ちょっとくらい触ればよかった……」

「そっち側に落ち込むのがアキラちゃんらしいよ」

 疑われ損な気がするんだよ~。

 とりあえず、顔を洗ってきます。悲しい気持ちでトボトボと洗面所に向かう私を、みんなが笑いながら見ていることも何も知らず。とは言え、顔を洗い終えた頃にはもう落ち込んでいたこともすっかり忘れていたんだが。

 結局、元気になったと報告しても「ゆっくり安静に」とみんなに強く言い含められたので、ソファやカウチでごろごろしながら過ごすことになった。ちょっと退屈だけど怒られるのは怖いから、我慢です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る