第520話_入浴
そしてハムを食べてからリゾットを食べると、旨味が増した。私の身体は肉を欲していたのかもしれない。
「もうひとかけ欲しい……」
「あはは、同じ大きさで良い?」
「うん」
ねだったらまたリコットがくれた。結果、リコットのお皿からふた欠片が減ってしまった。申し訳ない。でもありがとう美味しい。
「普段ならリコットには私のハムをあげたいのだけど……」
なんだかナディアから悲しげな声が聞こえたが、焦げたハムを譲るのはどうなのだろうと悩んでいるらしい。可愛い。ふた欠片くらいで足りなくならないと、リコットは笑っていた。ちなみに一枚だけは焦がさず焼いて、ルーイのお皿に乗っているそう。
食後はまた、ナディアが用意してくれたお薬を飲む。今の熱は三十七度ちょっと。これくらいなら許されるだろう。
「お風呂!」
嬉しい気持ちで宣言したら、全員が長い溜息で応えた。悲しい反応である。
「うーん、確かに、お風呂で倒れちゃうほどの熱ではないと思うけど……」
難しい顔でそう言いながら、リコットは眉間を揉んでいる。「こいつどうしようかな」って顔にも見える。
でも、みんなはしばらく悩むような顔を見せた後で、見張りとしてナディアが一緒に浴室に入ること、残り三人は万が一に備えるってことで、担架代わりのシーツを用意しつつ、ベッドまでの動線確認が行われていた。そんなに一大事なのか……。
「アキラちゃん、お風呂の後はベッドに行ける? 誰か一人は傍に付くからさ」
「はぁい」
私がカウチで寝ているのは、やっぱりちょっと物音や会話に気を遣わせてしまうだろう。体調が良くなってくると寂しい気持ちも我慢が効くようになるので、そろそろ大丈夫です。這い出ないと思う。
「じゃーお風呂の用意してくる、もうちょっとだけ待っててね」
お湯の用意はリコットがしてくれるらしい。棚から一枚、魔法札を引っ張り出して浴室に行った。なお、私の着替えはルーイが用意してくれるんだって。収納空間にも着替えはあるが、部屋にも置いてある。出してくれるというなら任せてしまおう。何となく嬉しいので。
そしてラターシャは今、私達の昼食の洗い物中です。みんながテキパキ役割分担していて格好いいなぁ。
唯一、私の傍に残っていたナディアは十数秒してから徐に立ち上がると、リコットを追って浴室に行った。でもすぐに顔を出して、「いいわよ」と私を呼ぶ。わーい。お風呂だ。
うきうき浴室に向かう私と入れ違う形で、リコットは出て行った。ナディアは見張り役なので居残りです。
ざば~っとお湯を頭から被ると、身体が温まるせいもあってか、ちょっとホッとする。脱衣スペースではナディアが静かに待機してくれている。ついでに、私の脱ぎ捨てた服を洗濯用に整えているようだ。
「フンフ~ン、フ~ン、……ふう」
「疲れるなら歌わないの」
「はい……」
ご機嫌に鼻歌を響かせたら想像以上に体力を使った。私もびっくりした。的確なツッコミが胸に刺さる。
「ところで、相槌もしなくていいから、聞いていてほしいのだけど」
しょんぼりしつつ静かに髪を洗っていると、ナディアの声が背中に掛かる。何だろ、首を傾けてから、一つ頷いた。
「昨日、あなたが出て行ってすぐ、追加の家具と侍女様のベッドが届いたから、寝室に入れてもらったわ。寝具も揃えてあるから」
ああ、うん。その件ね。
カンナの引き抜き要求をしてすぐ、私達は、彼女をこの部屋に加える為の準備を始めた。
元々はスラン村に全員分の屋敷が用意できてから彼女を招くつもりだったのに、私が相談もせず突然この引き抜き計画をスタートしちゃった為、女の子達は大慌てである。
そもそもベッドを何処に入れるんだとか、大わらわだった。ワハハ。笑ったらラターシャに正確に脇の下を叩かれた。しばらく痛くてしゃがんだ。ケイトラントの教えが活かされている。やめてほしい。
さておき。寝室にはもう一つベッドを入れた。部屋は大きいので六つのベッドを並べること自体は可能だったのだけど、その代わり、寝室に作っていた着替えスペースとクローゼットをリビングへ移動させた。リビングの方は無駄なくらい広くてスペースが余っていたので、衝立で区切って女の子達の着替え用に。勿論、キッチンから漂う料理などの臭いが服に掛からないよう、消臭の結界も張っている。結界は一度張ったら解除するまで保つ為、私の不在もお構いなしだからね。
そして、さっきナディアが言ったのは、追加注文していたベッドが私不在の間に届いており、女の子達が受け取ってくれたって話だね。勿論、女の子達が寝室へ運び込むのは大変なので、それも業者のおじさん達に任せたらしい。
部屋に女の子しか居ないからやや不安ではあったが、何のトラブルも無かったそうなので良かった。
聞いたところ、女性客の注文だったことで気を利かせて、運び込みの人員に女性も含めて気を配ってくれたみたいだ。素晴らしい店だね。あの家具店は贔屓にしよう。
「了解~ありがとう~」
ナディアのご報告が終わったところでそれだけ返し、洗い終えた髪を湯で流そうとした時。
「わっ、ぃだっ」
手桶を持つ手に上手く力が入らなくって、湯が入ったそれを落とした。ワンクッション、私の側頭部にヒットしてから。石のタイルに手桶がぶつかり、大きな音も鳴ってしまう。
「痛い……」
「ぶつけたのは此処だけ? 他に怪我は?」
声が思ったより近くで聞こえたからぎょっとして振り返る。ナディアは着衣のままで駆け付けてくれたらしい。驚いている私に構わず、ぶつけたところを指先で探っていた。
「血は出ていないわね。腫れてもいないけれど、どれくらい衝撃があったの?」
「か、軽くだよ、大丈夫。すぐ近くからだったし」
落としたところからの距離があれば湯の重みも加わってかなりの衝撃になっただろうが、湯を掛けようと既に頭に寄せていたところでの事故だ。一センチか二センチの距離。そこまで酷い衝撃はなかった。
タイルにぶつかった手桶の音が大きかったから、余計にナディアは心配してしまったみたい。他にぶつけたところも無いし、ぶつけた頭ももう痛みは引き始めている。ナディアは私の説明を聞いても信用してくれていないようで、私の肩や脚、足先などに怪我ないかを入念に確認していた。
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