第518話
次に目を覚ました時、もう部屋は太陽の光が入り込んでいて、明るかった。まだ深くない夜に帰ったはずなのに、すっかり夜は明けてしまったらしい。視線を動かせばすぐ横に椅子に座るラターシャが見えた。カウチの上に寝そべっている私が落ちてしまわないようストッパーになっているような位置だ。
「ラタ……」
私が呼ぶと、本を読んでいたらしい彼女はすぐに気付いて、目を瞬く。
「アキラちゃん、起きた? 何か要る?」
優しい声を掛けてくれたが、ラターシャは泣き出しそうな顔をしている。随分と心配を掛けてしまったらしい。
「……床で、寝た気がするんだけど」
私が思わず零した疑問の言葉に、ラターシャが眉を下げて笑う。
「そうだよ、もう、大変だったんだからね」
どうやら女の子達四人で協力して私をカウチに上げてくれたそうだ。
上着だけでも脱がせようか、と脱がせてみたらシャツが汗でびっしょりで、このまま寝たら風邪を引くからと、着替えさせることになって。最初に私の傍にシーツを引いてそこへ転がし。服を脱がせて汗を拭いてから新しい服を着せて。シーツに乗せたままみんなで端を持ってヨイショーと持ち上げ、カウチの上へ。
言われてみれば身体はすっきりしていて、拭いてもらった感じがするし、服も寝間着になっている。そして寝そべっている場所は、普段のカウチのクッションカバーとは違う質感だ。これは誰かの予備のベッドシーツか。
「それは、大仕事だね。本当にごめん、あのまま、転がしておいても良かったのに」
「余計に具合が悪くなっちゃうでしょ。あの時もうかなり熱があったんだよ」
そんなに早く反動が出ていたのか。単なる疲労ではなかったらしい。ぼーっとラターシャの顔を見ていたら、その後ろから、そっとナディアが近付いてきた。
「……何か要る?」
その言葉でようやく、ラターシャの最初の質問を答えていなかったことに気付く。
「あぁ、ごめん」
ラターシャを見て謝罪したら、何のことかもすぐに察してくれたらしく、笑いながら「大丈夫」と返してくれた。
「喉が渇いた……果実水とか、ほしい、かな」
「入れてくるわ」
ナディアがすいっと離れていく。尻尾がピンと上を向いていた。愛らしい。
「あと、トイレに、行く」
「わ、っと。急に起きると危ないよ」
身体を起こしたら少しバランスを崩してしまった。ラターシャが支えてくれたけど、ナディアも驚いて振り返っていた。
「ごめん、ありがとう」
「ううん」
「……あれ、ルーイとリコは?」
二人が居ない。気配も無い。きょろきょろしたけどナディアは振り返りもしなくって、答えてくれたのはラターシャだった。
「買い出しに行ってくれたの。そろそろ帰ってくるかも」
時計を見ればもう十時半を過ぎていた。今日のごはんとかかな。簡単に頷いて、今度は慎重に立ち上がる。ふら付きはしなかったけど、それでもラターシャは私の身体に寄り添ってくれた。
「一人で行けるよ?」
「心配だから」
トイレまでの短い距離も、付き添ってくれるらしい。
此処で振り払ったら、今は興味のない顔で背を向けているナディアが走ってきて私を殴りそう。優しさに甘えることにした。とは言え、華奢なラターシャが私を支えるのは難しい。彼女に寄り掛かるようなことはせず、しっかり自分の足で歩いた。
用を足してカウチに戻ると、ナディアが果実水を持ってきてくれた。美味しい。
コップ一杯の果実水を飲み終えた時、私はちらっと浴室の方に目をやった。しかしそんな一瞬の視線を目ざとく見付けたナディアに「お風呂はまだ駄目」と言われた。
「もう少し熱が下がってからね、アキラちゃん」
怒られてしょんぼりしている私を見兼ねてか、ラターシャには優しく諭される。はぁい。
「ベッドの方が良く眠れるのではない?」
「んー、ここで寝る」
寝室は確かに静かでよく眠れるだろうけど。私はすぐに人寂しくなってしまうので、みんなの気配があるところがいい。一人にしたら這い出るぞ。そこまで言わなくても何となく察したのか、二人とも何も言わなかった。ラターシャが優しく私の毛布を整えてくれた。
「お腹は減ってない?」
昨日の昼過ぎから何も食べていないことになるのだが、食欲についてはまだピンと来なかった。小さく「分からない」と答えると、ラターシャが笑みを浮かべたままで少し眉を下げた。
「お昼になったら、少しでもいいから何か食べてね」
熱で体力を奪われている状態で飲まず食わずだと弱っていくからだろう。水分もさっきようやく取ったばかりで、昨夜の汗の量を思えば足りていない可能性が高い。しかし一気にがぶがぶ飲んでも身体に上手く補充されるものではないし、これから小まめに飲む必要がある。食事についても、これ以上の消耗を避ける為、少しでも摂るべきなのは尤もなことだと思った。
「あんまり、硬くない、果物なら、今でも……」
「食べられそう?」
「うん」
ラターシャがほっとした顔を見せて、ナディアが幾つか今部屋にある果物を挙げてくれた。一つを選んだら、また彼女が用意してくれるらしく、サッと身を翻して傍を離れていく。お願いしたのは桃みたいなとろっとして甘い果肉のある果物だ。栄養価も高いものなので今の状態の私には丁度いいと思う。
持ってきてくれるのを待っていたら、ウトウトしてきた。眠り落ちてしまう寸前、静かに玄関の鍵が開いた音がして、目を瞬く。
「ただいま……あっ、アキラちゃん起きてる!」
酷く静かな帰宅だと思ったら、眠っているだろう私を気遣っていたらしい。目が合った瞬間、ルーイがぱっと笑みを見せて、いつもの明るい声を聞かせてくれる。リコットもルーイに続いて駆け寄ろうとしていたけれど、鍵を掛けてないことに気付いたのか慌てて立ち止まって戻っていた。可愛い。
「おはよう、昨日はお騒がせしてごめんね」
「ううん、……お熱、まだ高そうだね」
小さな手が私の額に触れる。外から帰って来たばかりというのもあるだろうが、手がとても冷たかった。
「ルーイの手が、冷たいよ」
「や~、アキラちゃんも熱いと思うけど」
荷物を置いたリコットは改めて傍に来ると、そう言って笑う。
「リコもおかえり」
「ただいま。意識はハッキリしてるんだね。目とか音も平気?」
「うん」
頭痛とか眩暈も聞かれた。今までに出た反動を一つ一つ確認されている。今回は主に高熱かな。頭痛も、少しあるかも。さっき歩いた感じでは眩暈はもう無さそう。
「薬も飲んだ方がいいのではない?」
「んー、そうだね、少し」
果物を小さめに切ってくれたナディアは、私がもくもくと食べているのを見ながら尋ねてくる。薬ね、やっぱりちょっと下がった方が眠れそうだから飲んでおこう。でも半量くらいでいいかな。もうちょっとしたらお昼の時間でもあるし。
そう告げたら簡単に頷いて、ナディアがその辺りは調整してくれるとのことだった。じゃあ任せちゃおう。長女様ありがとう。
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