第517話_治療
まずは宣言通り、解毒魔法。これは簡単に終わった。今の医師の手である程度の治療を始めてくれていたのだろうし、使用されていた毒自体はごくごく弱いもの。エルフの強烈な毒矢で射られたアイニの状態よりは断然まし。まあ、毒の強さって意味だけであって、蓄積されたダメージは比にならないほど王妃の方が酷いけどね。
じゃあ改めて。気が乗らないけど。身体の奥から今までに無い量の魔力を引っ張り出して、濃度を極限まで高めていく。モニカの目みたいな限定的な『再生』ではない。もっと広範囲に、胴体全体が対象だ。今から反動が怖くて嫌になるが――、手を抜いたら、治る前に私が倒れるかもしれない。失敗せずしっかりと治さなければ。報酬は、カンナを私の侍女とすることだからね。彼女の顔を思い出し、やる気を
「――
は? 待って。まじか。
めちゃくちゃ本気でやったのに一瞬で治らないじゃん。治ってる感覚はあるけど、思ったより、時間が掛かる!
「ぐ、うっ……」
やってもやっても終わらなくて、歯を食いしばる。
嫌だ~~~。これあと三分やったら死ぬ~~~。
目がちかちかし始め、指先もちょっと痺れ始めたところで、ようやく完全に再生できた感覚があった。
「ぶあ!」
王様達の前だっていう見栄も頭から消え去って、私は王妃のベッドに突っ伏すように脱力する。目がまだチカチカしていた。
「アキラ様!」
「うぇ……大丈夫、だけど、ちょっと待って……」
もう耳鳴りまでしてんだよ。なんて量の魔力を取るんだ。はあ、死にかけの人間を生き返らせるレベルだからな、簡単なわけが無いんだけどさ。モニカの目を三十回は再生した気分。きっつい。
何度も瞬きをして、軽く頭を振る。眩暈は少しあるが、ちょっとだけ落ち着いた。
ゆっくりと顔を上げて王妃の様子を見ると、彼女は眠っていた。穏やかな表情で、呼吸も落ち着いている。熱は流石にすぐ下がらないと思うけれど、急に身体中の内臓や細胞が再生したんだ。穏やかな眠りなどとは無縁だった身体と心が、自然と眠りへと
「アキラ様、此方をお使い下さい」
「うん?」
傍に来たクラウディアがさっとハンカチを差し出してきたから、あれ、もう鼻血が出たかなって咄嗟に鼻先を擦ったが、触れたのは血ではなくて大量の汗だった。
こめかみからも汗が流れ、シャツもじっとりと濡れている。眩暈に苦しんでいる間に出たようだ。今更少し、身体が冷えた気がした。
そして少し迷ったが、クラウディアのハンカチをありがたく受け取った。いや自分のハンカチもあるし、タオルくらい収納空間から出せるけど。これも礼儀だろう。ふう。汗をしっかり拭う。
「王妃はもう大丈夫だと思う、けど、待ってね、確認するから……あなたも診察していいよ」
私はタグが出すステータスと、あとは魔力探知で容体を確認する。医学的な観点では、医師に診てもらうのが一番だろう。振り返って告げると、高齢の医師は恭しく一礼してから、私が居るのとは逆側のベッド脇へ移動し、王妃の診察を始めた。
タグを見る限り、衰弱している以外は健康体だ。心拍数の高さは、熱のせいかな。
「うん、回復してると思う」
「……はい、容体が安定しております。詳しいことは、もう少し検査が必要ですが」
そうだね、血液検査とかそういうのは、今すぐには分からない。というか、今の王妃からあまり多くの血も採れない気がする。王妃の容体に合わせてゆっくり確認してほしい。何にせよ今の状態は良好だ。王様達も、安堵の様子を見せた。
「本当に、ありがとうございます、アキラ様」
口々に、王族らが礼を言って私に頭を下げる。王様の目が潤んでる気もしたが、見なかったことにしてあげよう。
「しばらくは、様子を注視して。あと、死にたがってたこととかは、自分達でケアして」
「……はい。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。私共できちんと話をします」
王妃は長く話せるような状態ではなかった。だから「救世主に治療を依頼した」と言われて、本人にそれを拒みたい意志があっても、話し合える状態ではなかったのだと思う。それでもやっぱり、私を前にして拒否するような状況になる前に整えておけよとは思ったが。
何にせよ今後は徐々に身体も回復するだろうし、好きなだけ口論して、それでも死に逃げたければ勝手に死んでくれ。私の知らないところでな。
はあ、思い出したらまた腹が立ってきた。長居してもどんどん気分が悪くなるだろう。宣言通り、早く帰ろう。
「出来る限りのことはした。帰るよ、王様、ベルク」
声を掛けてから私が慎重に立ち上がると、二人は頷いた。王様は私の方へ歩み寄りながらも、傍に居たクラウディアに顔を向ける。
「……クラウディア、可能な限り早く、私達もまた来る。それまで頼む」
「はい、お任せください」
私が事前に「早く帰りたい」と言ったせいか、王様はいつになく早口で彼女へと囁いた。それだけで良いらしい。まあ、本心を言えば回復した王妃が目覚めるまで傍に居たいだろうし、死にたがっていたことも考えれば、目を離すのは不安だろう。でも王様や第一王子ってのは、そう簡単に城を空けられる身分では無いんだと思う。そもそも急に部屋から二人が出てきたらどうやって来たんだって疑問が最初に湧くもんね。
さておき私は急いでいるので。残す人達に挨拶もせず、そのまま二人を連れて城に転移した。
汗びっしょりで、明らかに疲れた顔をしている私に、カンナが珍しく目を丸めている。王様達の言動には表情筋を一切、動かさなかったのに。
心配させたくはなかったが、笑みを向けても彼女はやや不安そうに眉を下げただけだった。
「じゃあ、次は二日後に。カンナ、君を迎えに来られるのを楽しみにしてるよ」
「……はい、お待ちしております」
何か言いたげにしつつ、私の言葉に彼女は静かに首を垂れた。
王様とベルクは再び私に治療の礼を告げて頭を下げている。それらを横目に、何も言わず、転移した。
「アキラちゃん?」
飛ぶ場所は、玄関や寝室じゃなくって、昼寝用のカウチの傍にした。もうあまり長く歩けそうにないから、休める場所にと思ったのだ。ちなみに今はまだ夕食時で、寝室を選んでしまうと誰の目にも止まらない為、後で怒られそうなのでこっちにした。
しかし、二歩も歩けばカウチに座れる位置だったのに。結局一歩だけ動いたらその場で床にへたり込んでしまう。何とかもう一歩分を這って、カウチの座面に突っ伏した。
「大丈夫?」
慌てた様子で、全員が私の傍に駆け寄ってくる。部屋にはご飯の良い匂いがするから、食事中だったか、食べ終えて団欒していたのだろうに。
「ちょっと、」
「うん?」
「……寝る」
「えっ」
もうそれしか言えなくて、床に座り込んでカウチに突っ伏す形のまま眠り落ちた。「待って」「ベッドまで頑張れない?」「せめてカウチの上に」と口々に女の子達が言ったのも聞こえたけど。何も返せなかった。
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