第516話

 雑談はともかく。治療しないとね。

 私はゆったりとした動きで、王妃のベッド脇に移動する。王妃は眠っているのかと思ったら微かに目を開いていた。ただ、熱が高いようで目に力が無く、呼吸も浅い。それでも唇を震わせ、私を見つめて言葉を発した。

「救世主、様」

「アキラだよ」

「……アキラ様」

 第一声から私の神経を逆撫でにするのは不運な人だと思ったけど、次の言葉を聞いた時、もしかしたら、わざとだったのかもしれないと思った。

「治療は、要りません……このまま、死なせて、ください」

「お母様!!」

 今にも消え入りそうな弱々しい王妃の声も、静かな部屋でははっきりと聞こえた。悲鳴を上げるようにクラウディアが叫ぶ。王様とベルクも、息を呑んだ気配がした。

「全て、聞きました。父と弟、そして陛下の犯した、過ちを……」

 力なく掠れた声は聞き取りにくかった。だけど誰も遮らず、動く音すら消えた部屋だったから、全員に届いていた。

「私は、尊い御力を頂いてまで、生き永らえるべき者では、ございません、どうか、このまま」

「――もう黙れ」

 強い声で、彼女の言葉を遮った。似た者夫婦で、心底、腹立たしい。

「謝罪すべき相手も居ない場所で、身勝手に懺悔するな。私があなたを赦すことはないし、罪から逃げる為に死にたがる行為は特に癇に障る」

 反省した顔をして。贖罪の為だと言って。今の自分が置かれている立場から早く解放されたいだけだろう。

「罪だと思うなら、生きて苦しめ。この先もずっと」

 少なくとも。モニカはそれを願ったんだ。だったら罪人は、与えられたその罰をちゃんと受けるべきだ。王妃を被害者と言う意見もあるかもしれないけれど。私はそうは思えない。今更追及する気は無いけど。……気付くチャンスが無かったわけがないんだ。自分の身体の様子がおかしいことも、そうだとしたら主治医が一番怪しいってことも、元を辿れば父親に行き着くかもしれないことも。

 モニカは、この人の友人だったはずなのに。改めて怒りが湧き上がって、歯を食いしばる。

「これ以上の無駄な発言は許さない。質問した時だけ答えて。じゃなきゃ後ろで心配そうに見守ってる家族から殺す。分かった?」

「……はい」

 更に食い下がるようなら本当に誰かの身体の一部でも落としてやろうと思っていたが。私から漏れる殺気が感じ取れたのか、王妃はただ了承だけを告げ、そのまま大人しく口を噤んだ。

 この間から、爆発してばっかりだ。

 はぁ。短く息を吐いて、私は王妃の身体に手を翳す。憂鬱だが、仕事はしないとね。

「こりゃ酷いな」

 様子を見るつもりで軽い回復魔法を全体に掛けたが、本当に焼け石へ水滴を落としたような気分。魔力はすぐに掻き消え、何も回復した感触が無かった。実際は何かしら回復しているはずだけど、傷付き過ぎているのだ。

「ちょっと触るよ」

 断りを入れて、腕周りの上掛けだけ捲って、腕に触れる。がりがりで、もうほとんど骨と皮だ。流石に回復魔法をかけても筋肉や脂肪が付くことは無い。それが怪我によって失われたものなら『再生』を掛ければ元に戻る。だけど筋肉や脂肪が落ちたのは、寝たきりだったことが要因だろうから、こういうのは流石に難しいな。

 それに問題は、毒に侵されて機能不全に陥っている内臓の方だ。

 毒自体は抜けている……いやまだちょっと残っているかな。これは解毒魔法で取り除くとして。毒によって既に破壊された細胞は回復魔法が必要だ。……しかし状態が悪すぎて、ほぼ『再生』レベルの強い回復魔法になりそう。しかも内臓一つや二つじゃない。消化器系は膵臓すいぞうや肝臓も含め軒並み重症であるように思う。

 王妃の腕をベッドに戻し、上掛けを整える。そして一度、王様達を振り返った。

「まだちょっと身体に毒が残ってるみたいだから、それは解毒魔法で取り除く。その後、傷付いた内臓を再生させる。でもこれは『傷付いた』状態が治るだけだから、筋力や体力を含め、元の生活を取り戻すには本人の努力が必要だ。医師の指示もね」

 控える医師に視線を向ければ、彼は少し恐る恐る口を開いた。

「病み上がりの者を、徐々に回復させる認識で宜しいのでしょうか」

「うん、その認識で良い。すぐに起きたり歩いたりは出来ないと思うから、補助を付けて、しばらくは安静にね。食事も消化に良くて刺激の少ないものから」

 医師は何度も頷きながら、手元のカルテらしきノートにメモを取っている。うん、彼が信頼できる人だと言うのは私も納得だ。王宮で長く働いている医師、という肩書を思えば異常なほどに真摯で高慢なところが見えない。ちゃんと治療してくれるだろう。ただの印象だけどね。

「治療の後じゃなくて『前』にこんな説明をしたのは、苦しんでる状態を長引かせようってつもりじゃないよ」

 別にそう誤解をされても構わないんだけど、それはそれとしてこの後の言葉は告げなければならない。つまり今のはただの前置きだ。

「かなり強い魔法になる。もしかしたら治癒後に、私の方が倒れるかも」

「は」

 私の言葉に、王族達が一斉に目を丸めて静止した。多分、戸惑いの声は王様とベルクの両方から漏れた。

「前にも再生魔法では一度ぶっ倒れてるんだよね。モニカの目の再生。彼女の前では堪えたけど、その後に」

 だからモニカはこのことを知らない。出来ればこのまま彼女にも伏せておいてほしい。気に病んだら申し訳ないから。私がそう続けると、戸惑いながらも王様達は頷く。

「強力な回復魔法ってのはそれだけ私にも負担が掛かるんだ。掛けた直後に立っていられたとしても、終わり次第、出来るだけ急いで帰りたい。君らを王城に返した時、座って話す余裕も残っていないかもしれない。だから終わった後のことを先に確認したかった」

 これが、先に治療内容について説明した理由です。こんな規模の再生魔法は正直言って未知数すぎる。

「で、治療後に王城に返すのは、王様とベルクだけで良いのかな?」

「はい。クラウディアと医師は此処に残します。経過を看てもらう必要もありますので」

 その後、此処や王城で私同席の上で終わらせるべき用事は一切ないとのこと。だから彼らを帰したら即座にジオレンへ帰って構わないそうだ。オッケー。それが確認したかった。

「了解。じゃあ私は、座ってやろうかな……」

 近くの椅子に視線を向けると、素早く反応したベルクが椅子を持ってきて、座らせてくれた。エスコートありがとう。

「万が一でも私が倒れ込んだら、頭を打たないようにベルクがキャッチしてね」

「勿論です。お任せください」

 迷わず頷いてくれたベルクに私も頷き返して、王妃に向き直る。では、治療を始めますか。

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