第514話_私の侍女
王様からの質問に対し、カンナには選択肢が三つあった。にべもなく断るか、その場で承諾するか、もしくは、答えずに保留にするか。
そもそも「断る」という選択肢は、私達が思い描く将来と合致しない。今回「嫌だ」とハッキリ意思表示して断る場合、実際に引き抜く時にどう言い訳をするんだって話になってしまう。「無理強いは嫌い」と告げた私が強引に連れ去るのもおかしい。だから、その選択肢がまず排除される。
次に、その場での快諾。
これは私達の未来と結果的には符合するが、あまりに重要なことをあの場で二つ返事して引き受けるのは不自然だ。何より、私があの時求めた「説得しろ」という課題の一角が崩れてしまう。
わざわざ「カンナ本人とカンナの家を」と言ったのだから、私としては王様達に、両方に対して頭を悩ませてほしいのだ。
あの時の私の言い方から、きっとカンナは正確に『王族に少し気を揉ませた後で、最終的に私達の望む結末に導く』という私の目的を理解して、動いてくれた。
王妃を助けるのは、もう構わない。助けよう。
その代わり、王様達にはカンナとカンナの生家のご機嫌取りに動いてもらう。その上で、カンナを『私の侍女』とする為に『進んで』動いてもらう。私からのお願いを聞くという認識は、とうに無いだろう。王様達は是が非でも、カンナを私の侍女にさせたいのだ。王妃を助ける為に。
勿論、最後には引き受けるのだから、カンナは王族からのご機嫌取りを無下にしなくていい。彼女が多くを語らなくとも彼らの方から何かと好条件を出してくれるはず。後はそれにカンナの気持ち次第で上乗せさせたり、他の望みも付け足したりして、最後に頷いてくれれば、最高の結末が待っている。
いやはやしかし。打ち合わせゼロで此処まで合わせてくれるとはね。
彼女のお陰で、鬱々・苛々としていた私の気も少し晴れた。今回の内容を女の子達にちゃんと説明する元気も残りました。カンナさまさまです。
そして、王様から再度のご連絡があったのは、二日後の夕方だった。突然、ぱしんと軽く膝を叩いた私に、女の子達が目を瞬く。
「来た来た。さあ、私の侍女様のご機嫌は、上手に取れたのかな?」
こんな言葉だけで、何があったのか悟った女の子達が、ウキウキと立ち上がる私をやや困った笑みで見つめる。
「変に虐めすぎて、噛み付かれないように気を付けなさいよ」
「はは、そうだね。しゃんとします」
そもそも急にご機嫌な顔で行ったらおかしいね。冷酷無比な私の顔で行きましょう。それはそれでどうなんだ? まあいいか。よし。行くぜ。顔はキリッとね。
転移先は前回と同じ応接間だった。人払いをするのにこの場所が何か、都合が良いのかもしれない。さておき部屋には王様とベルクとジョット、そしてカンナだけが控えている。クラウディアは居ないようだ。
「こんばんは、王様。どうだろう、私に依頼はできそうかな?」
「はい」
頷いているけれど、王様の顔色がめちゃくちゃ悪くて、嬉しい顔はしていない。さては、寝てないな? 各所の調整、交渉に大忙しだった感じかな。笑える。
とりあえず座ってお話を聞きましょう。
カンナは今回、渦中の人であるはずだけど、いつも通りにお茶を淹れてくれた。
今回の依頼内容と王妃の容態については、カンナにも全て打ち明けたそうだ。だから此処でこのまま依頼内容を話して問題ないとのこと。ただ、カンナの生家であるオドラン伯爵家には王妃の件は告げておらず、『救世主様からカンナが直々に引き抜きを受けている』という事情だけを説明しているらしい。まあ、妥当なところだね。
「まず、二通りの方法で、カンナを侍女としてアキラ様にお付けすることを提案させて頂きます」
「ほう」
方法とは。想像とはやや違う展開に、首を傾げた。
「一つは、カンナの王宮侍女としての職を解き、アキラ様が個人としてカンナをお雇いになる形です」
私はその方法しか考えていなかったが。他にも何かあるのか。
とりあえずその場合、城はカンナ個人とオドラン伯爵家それぞれに、高額な退職金を出す心づもりであるとのこと。
「もう一つは、王宮侍女としての籍を残したまま、アキラ様の侍女として『派遣』する形です。この場合、カンナの肩書は今までと変わらず、且つ、今までよりも重要な職務となりますので、王宮から支払う賃金も五割増しとします」
カンナって確か王宮にある侍女部屋でも最高位の部屋に居たはずだから、今でもかなりの高給取りだったはずだ。それを五割増しって、侍女なのに王宮でもトップレベルの賃金だったりして。
「どちらの方法でも、カンナおよび伯爵家の承諾は得ております。アキラ様が望まれる形をお選び頂けます」
「それぞれ、何かメリットとデメリットがあるんだよね?」
二つの案を用意したということは、何かあるんだろうと思ったから問い掛ける。王様は肯定を示して頷いた。
「まず一つ目の案では、カンナと王宮は縁が切れますので、アキラ様はこちらをお好みになるだろうと思いました。ただ、もしも何か不都合があってカンナの任を解かれてしまった場合、彼女の再就職が難しくなります」
「あー、なるほど。私は解くつもりは無いけど、カンナや伯爵がそれを懸念するってことだね」
私の言葉に、申し訳なさそうな顔で王様が頷く。特に、伯爵家の方がこの点を心配していたそうだ。だからこのケースでは、高額な退職金を払うことで、何とか了承を得たとのこと。
「また、こちらの案では今後、アキラ様からカンナに給与を支払って頂くことになります。『報酬』であることを考えると、金銭的なご負担を掛けるというのは、私共としては許容しがたいもので……」
がっつりしっかり儲けているから別に大した負担ではないが、王様としては、私が身銭を切るってところが気になるようだ。
「もう一つの案はその懸念がどちらも解決できますが、カンナの所属が王宮のままとなります。勿論、アキラ様からのご命令が必ず優先されますので、私共からカンナを呼び戻すようなことはございません。ただ、王宮所属者のままとすることをアキラ様にお許し頂けない可能性を考え、第一案も残した次第です」
そういうことね。つまり第二案の方がカンナの立場や今後を守るのにも有効だし伯爵も手放しで同意してくれるんだけど、私が嫌がりそうって一点だけで、躊躇したらしい。
「第二案で構わないよ。どの道、私が望む限りは私の侍女なんでしょ?」
「はい、その通りです」
「じゃあ、そっちの案で行こう」
伯爵家の方がそれで安心って言うなら、その方がいい。大事な娘さんを預かるんだからね。その程度は譲歩してやろう。
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